常盤山親方は現在どうしている?本名・65歳の経歴と湊川部屋継承の全貌
2026年10月現在、常盤山親方は日本相撲協会の「参与」として協会に在籍しています。本名は金尾隆(かなお・たかし)さん。元小結・隆三杉として土俵に立ち、2016年に千賀ノ浦部屋を継承した後、貴景勝や隆の勝らの成長を支えてきました。2026年3月1日に65歳となり、師匠としての定年を迎えた後も、相撲界との関わりを続けています。
大きな転機となったのが、2018年の貴乃花部屋の力士受け入れと、2026年1月26日の湊川部屋への継承です。常盤山部屋は名称を変え、元大関・貴景勝の湊川親方が新たな師匠となりました。日本相撲協会の公式プロフィール、協会の部屋継承発表、定年前の会見報道をもとに、常盤山親方の経歴、貴景勝との関係、定年後の活動と現在の評価を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の立場:2026年3月1日に65歳となり、師匠の定年後は日本相撲協会の参与として在籍しています。
- 本名と現役時代:本名は金尾隆。元小結・隆三杉として活躍し、通算720勝を記録しました。
- 部屋継承の経緯:2016年に千賀ノ浦部屋を継承し、2020年に常盤山部屋へ改称。2026年1月26日には元大関・貴景勝の湊川親方へ引き継がれました。
- 貴景勝との関係:2018年に貴乃花部屋から移籍した貴景勝を指導し、幕内優勝4回を支えた師匠として知られています。
【2026年最新】常盤山親方は現在どうしている?定年後の参与としての活動
常盤山親方は、2026年10月現在、日本相撲協会の参与として活動を続けています。協会公式サイトの年寄プロフィールには、年寄名「常盤山太一」、本名「金尾隆」、所属部屋「湊川」と記載されています。
ここで押さえておきたいのは、65歳の定年を迎えたことと、相撲界から完全に引退したことは同じではないという点です。常盤山親方は師匠としての立場を退いた一方、再雇用制度によって参与として協会に残りました。
2026年1月24日、常盤山親方は東京・両国国技館で定年前の記者会見を開き、約50年間の歩みを振り返りました。共同通信の配信記事では、本人が「寂しさもあるがやり切った」と語ったことが伝えられています。
会見で示した今後の希望は、完全に指導から離れることではありませんでした。デイリースポーツの報道によると、常盤山親方は、湊川親方と一緒に稽古を見ながら、そばで少しでも指導を支えたいという意向を明かしています。
つまり、2026年の常盤山親方を理解するうえでは、次の3点が重要です。
- 師匠としての定年を迎えたこと。
- 日本相撲協会の参与として在籍していること。
- 自身が育ててきた力士たちと、新師匠・湊川親方を支える立場を志向していること。
ただし、会見で語った指導への意欲と、定年後に実際にどの程度の頻度で稽古を指導しているかは別の話です。2026年10月時点で確認できる公式プロフィールは参与としての在籍を示していますが、日々の具体的な活動内容すべてが公表されているわけではありません。

【プロフィール・経歴】常盤山親方の本名は金尾隆、年齢は65歳
常盤山親方は、現役時代には隆三杉の四股名で知られた元小結です。現在の年寄名は常盤山太一。本名は金尾隆で、1961年3月1日生まれ、2026年10月現在は65歳です。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、出身地は神奈川県川崎市川崎区。二子山部屋に所属し、1976年3月場所で初土俵を踏みました。新十両は1981年1月場所、新入幕は同年7月場所で、1991年1月場所には新三役となっています。
現役引退は1995年11月場所。引退後は年寄として後進の指導や協会の業務に携わり、最終的には相撲部屋を率いる師匠となりました。
主な経歴を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1961年3月1日 | 誕生 | 本名は金尾隆。神奈川県川崎市出身 |
| 1976年3月場所 | 初土俵 | 二子山部屋から角界入り |
| 1981年1月場所 | 新十両 | 関取としての第一歩 |
| 1981年7月場所 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 1991年1月場所 | 新三役 | 最高位の小結に昇進 |
| 1995年11月場所 | 現役引退 | 隆三杉としての土俵生活を終える |
| 2016年4月 | 千賀ノ浦部屋を継承 | 55歳で部屋の師匠に就任 |
| 2020年11月 | 常盤山部屋に改称 | 部屋の名称が常盤山部屋となる |
| 2026年1月26日 | 湊川部屋へ継承 | 元大関・貴景勝の湊川親方が新師匠に就任 |
| 2026年3月1日 | 65歳の定年 | 師匠の定年後は参与として協会に在籍 |
年寄名の変遷にも特徴があります。日本相撲協会の公式プロフィールには、音羽山太一、藤島太一、常盤山太一、千賀ノ浦太一、そして常盤山太一という履歴が掲載されています。現役時代の四股名と、引退後に襲名する年寄名は別の制度であり、部屋の継承に伴って名跡が変わる場合もあります。
なお、年齢については、2026年1月の定年会見時点では64歳、同年3月1日の誕生日以降は65歳です。過去の記事で64歳と表記されていても、会見当時の年齢であれば誤りではありません。
【現役時代の隆三杉】最高位は小結、通算720勝の力士だった
常盤山親方の現役時代を語るうえで欠かせないのが、隆三杉という四股名です。1976年3月に初土俵を踏み、1981年に十両、幕内へと昇進。1991年1月場所には小結となり、幕内上位でも戦いました。
日本相撲協会の公式記録によると、生涯戦歴は720勝753敗46休、119場所。幕内戦歴は472勝567敗26休、幕内在位は71場所です。幕内最高優勝はありませんが、十両優勝1回、序二段優勝1回、金星1個という記録を残しています。
得意技として公式プロフィールに記載されているのは、突っ張りと押し出しです。相手の懐に入って一気に勝負を決める押し相撲は、隆三杉の力士としての特徴を知る手がかりになります。
また、隆三杉は「土俵の鬼」と呼ばれた元横綱・初代若乃花の弟子として育ちました。現役時代に身につけた相撲の技術だけでなく、厳しい稽古を通じて培われた経験は、引退後に弟子を指導する立場になってからも生かされたと考えられます。
現役時代の隆三杉と、部屋を率いた常盤山親方は、同じ人物でありながら役割が大きく異なります。土俵上で自ら白星を重ねる力士から、弟子の生活や稽古、番付上昇を支える師匠へ。常盤山親方のキャリアは、力士としての実績だけでは測れないものです。
特に注目したいのは、幕内優勝を経験していない師匠が、その後、幕内優勝を重ねる大関を育てた点です。自らの最高位と弟子の到達点は必ずしも一致しません。師匠の評価を考える際には、現役時代の番付だけでなく、指導者としてどのような力士を育てたかも見る必要があります。

【2016年の部屋継承】千賀ノ浦部屋を引き継いだ理由と経緯
常盤山親方が相撲界で指導者としての存在感を強めた転機は、2016年4月の千賀ノ浦部屋継承でした。当時55歳だった常盤山親方は、元関脇・舛田山が率いていた千賀ノ浦部屋を引き継ぎ、年寄名も常盤山から千賀ノ浦へ変更しました。
日本相撲協会が2016年4月8日に公表した部屋継承のお知らせでは、年寄名跡の継承・襲名と部屋の継承が承認されたことが確認できます。先代の千賀ノ浦親方は常盤山を襲名し、元小結・隆三杉の常盤山親方が千賀ノ浦を襲名して師匠となる形でした。
当時の報道では、先代師匠の定年を前に後継者を調整するなか、力士の環境を優先して継承が進められた経緯が伝えられています。日刊スポーツの2016年4月の報道では、常盤山親方が力士本位で考えたことや、気心の知れた相手に継いでほしいという先代側の意向が紹介されました。
部屋の継承は、単に建物や名称を引き継ぐことではありません。所属力士の稽古環境を維持し、生活面の管理、番付上昇に向けた指導、協会内の業務などを継続する責任を伴います。先代師匠の定年が迫るなかで後継者が決まったことは、部屋の存続という面でも大きな意味を持っていました。
さらに、2016年の継承後には所属する一門も変わりました。報道によると、千賀ノ浦部屋は出羽海一門から貴乃花一門へ移りました。こうした変更は、部屋の師匠交代が人事上の手続きだけでなく、相撲界の組織関係にも影響を与えることを示しています。
その後、2020年11月に部屋の名称は常盤山部屋へと変わりました。2016年の千賀ノ浦部屋継承、2020年の常盤山部屋への改称、2026年の湊川部屋への継承は、それぞれ別の節目として整理する必要があります。
【貴景勝との関係】2018年の貴乃花部屋力士受け入れが大きな転機に
常盤山親方の指導者としての歩みを語るうえで、元大関・貴景勝との関係は特に重要です。2018年10月、貴乃花親方の退職に伴って貴乃花部屋が閉鎖されることになり、所属力士や裏方の移籍先が必要になりました。その受け皿となったのが、常盤山親方の率いる千賀ノ浦部屋です。
当時の千賀ノ浦親方は、貴乃花部屋に所属していた力士たちを受け入れました。そのなかには、後に大関となる貴景勝も含まれていました。日本相撲協会の手続きによって部屋の閉鎖と移籍が進み、千賀ノ浦部屋は複数の力士を新たに抱えることになりました。
これは、師匠にとっても部屋にとっても大きな負担を伴う変化でした。所属力士が増えれば、稽古場の運営や生活面の管理、個々の力士に合わせた指導など、対応すべきことも増えます。常盤山親方は、部屋の体制を整えながら、新たに移籍してきた力士たちを受け入れました。
その直後の2018年11月場所、貴景勝は13勝2敗で幕内最高優勝を果たしました。千賀ノ浦部屋への移籍から間もない時期に優勝したことは、常盤山親方の師匠としての歩みを象徴する出来事の一つです。その後、貴景勝は2019年に大関へ昇進し、幕内優勝は通算4回に達しました。
2026年1月の定年会見で、常盤山親方は貴景勝について、部屋に幸せを運んでくれた存在として振り返りました。デイリースポーツの報道では、貴景勝が幕内で4回優勝したことへの感慨も伝えられています。
この関係を理解する際に重要なのは、貴景勝の成功を常盤山親方一人の功績として単純化しないことです。力士本人の努力、以前の師匠のもとで培われたもの、移籍後の環境、稽古や体調管理など、複数の要素が競技成績に影響します。そのうえで、環境が大きく変わった力士を受け入れ、指導を継続した常盤山親方の役割は、部屋の歴史を考えるうえで見逃せません。
また、貴景勝は現役引退後に湊川親方を襲名し、2026年1月26日付で常盤山部屋を継承しました。かつて師匠が受け入れ、指導した力士が、今度は部屋を率いる立場になったのです。常盤山親方と貴景勝の関係は、師弟関係から部屋の継承へと新しい段階に進みました。
【2026年の部屋継承】常盤山部屋から湊川部屋へ、現在の評判と活動
2026年1月26日、日本相撲協会は元大関・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承し、湊川部屋とすることを承認しました。協会の2025年11月27日付の理事会発表で示された内容が、翌年1月26日付で実施された形です。
これにより、部屋の師匠は常盤山親方から湊川親方へ交代しました。常盤山親方は参与として協会に残り、部屋の運営を担う立場から、経験を伝えながら新師匠を支える立場へと移っています。
部屋の名称が変わったからといって、所属力士がすべて入れ替わったわけではありません。日本相撲協会の発表では、隆の勝、若ノ勝、貴健斗、新隆山ら、それまで常盤山部屋に所属していた力士たちが湊川部屋に所属することになりました。
湊川部屋の公式サイトでも、2026年1月に常盤山部屋を継承して発足したことが説明されています。新師匠の湊川親方は、礼儀や礼節を重んじながら弟子とともに成長していく姿勢を示しています。常盤山親方が築いてきた部屋の基盤を受け継ぎながら、元大関としての経験を新たな指導に生かすことが期待されます。
では、常盤山親方の現在の評判はどう捉えればよいのでしょうか。公式記録や報道から読み取れるのは、少なくとも次の3点です。
- 部屋を継承し、長期間にわたり維持してきた実績:2016年に千賀ノ浦部屋を継承し、2020年の常盤山部屋への改称を経て、2026年の次代への引き継ぎまで師匠を務めました。
- 貴景勝らの成長を支えた指導歴:2018年に貴乃花部屋の力士を受け入れ、貴景勝の大関昇進と幕内優勝を見届けました。
- 次の師匠への引き継ぎ:自らが育てた貴景勝に部屋を託し、定年後も参与として相撲界に在籍しています。
これらは、協会の公式記録と会見報道で確認できる具体的な実績です。一方で、ネット上の評判やファンの評価について、全体の意見を示す客観的な調査データがあるわけではありません。個別の投稿や一部の感想だけを取り上げて、世間全体の評価と見なすのは適切ではありません。
常盤山親方の指導者としての評価を考えるなら、現役時代の最高位だけでなく、部屋を維持した期間、力士を受け入れた際の対応、弟子の成績、そして次の師匠へ運営を引き継いだ過程を合わせて見る必要があります。2026年の定年は、長年の師匠生活の終わりであると同時に、育てた力士に次の世代を託す節目でもありました。
【常盤山親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:常盤山親方は現在何歳ですか?
A1:1961年3月1日生まれで、2026年10月現在は65歳です。日本相撲協会の公式プロフィールにも、生年月日と年齢が掲載されています。
Q2:常盤山親方の本名と現役時代の四股名は何ですか?
A2:本名は金尾隆です。現役時代は隆三杉の四股名で活躍し、最高位は小結でした。
Q3:常盤山親方は2026年の定年後、相撲界を引退したのですか?
A3:師匠としての定年は迎えましたが、相撲界から完全に退いたわけではありません。2026年10月現在、日本相撲協会の参与として在籍しています。
Q4:常盤山部屋は現在どうなっていますか?
A4:2026年1月26日付で元大関・貴景勝の湊川親方が部屋を継承し、湊川部屋となりました。常盤山親方は師匠の座を退き、参与として協会に残っています。
Q5:常盤山親方と貴景勝はどのような関係ですか?
A5:常盤山親方は、2018年に貴乃花部屋から移籍してきた貴景勝を指導した師匠です。貴景勝はその後大関に昇進し、幕内優勝4回を記録。現役引退後は湊川親方を襲名し、2026年に常盤山部屋を継承しました。
Q6:常盤山親方は現役時代に優勝したことがありますか?
A6:日本相撲協会の公式記録では、幕内最高優勝は0回です。一方、十両優勝1回、序二段優勝1回、金星1個を記録しています。生涯戦歴は720勝753敗46休です。
まとめ:常盤山親方の功績は部屋継承と次世代への指導にある
常盤山親方は、元小結・隆三杉として約20年にわたり土俵に立ち、引退後は指導者として相撲界を支えてきました。本名は金尾隆、1961年3月1日生まれ。2026年10月現在は65歳で、日本相撲協会の参与として在籍しています。
2016年の千賀ノ浦部屋継承、2018年の貴乃花部屋力士の受け入れ、2020年の常盤山部屋への改称を経て、2026年1月26日には元大関・貴景勝の湊川親方へ部屋を引き継ぎました。貴景勝の大関昇進と幕内優勝4回は、常盤山親方の師匠生活を振り返るうえで大きな節目です。
今後の活動を見る際には、「師匠としての定年」と「相撲界からの完全な引退」を混同しないことが大切です。公式プロフィールで確認できる現在の立場は参与であり、本人も定年前の会見で稽古や指導を支える意向を示しています。
常盤山親方の歩みは、力士としての番付や勝敗だけではなく、部屋を守り、移籍してきた力士を受け入れ、次の師匠へとバトンを渡した過程にも価値があります。2026年の定年後も、その経験が湊川部屋の指導や運営にどのようにつながっていくのかが、今後の注目点です。 (出典: 常盤 山 親方(Yahoo!ニュース))