今くるよさんの死因は膵がん、享年76歳|訃報から最後の舞台と女性漫才の功績まで徹底解説
「どやさ!」の決めぜりふと、華やかな衣装、豪快な身ぶりで多くの人を笑わせた漫才師・今くるよさん。2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなったことを、所属事務所の吉本興業が翌28日に発表しました。報道各社は76歳だったと伝えています。
相方の今いくよさんが2015年5月28日に亡くなってから約9年。高校時代の同級生として出会い、1980年代の漫才ブームをけん引した二人の歩みは、女性漫才の歴史を語るうえで欠かせません。2022年4月、車椅子で舞台に登場して「どやさ!」を披露した最後の舞台も、多くの人の記憶に残っています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 死因と訃報:今くるよさんは2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で死去。吉本興業が翌28日に発表しました。
- いくよさんとの絆:高校時代の同級生で、同じソフトボール部の仲間。1970年に師匠へ弟子入りし、1973年に漫才コンビとしてデビューしました。
- 最後の舞台と功績:2022年4月の「伝説の一日」で車椅子に乗って「どやさ!」を披露。2023年には二人そろって第26回上方演芸の殿堂入りを果たしました。
【訃報の真相】今くるよさんの死因・年齢・発表日を整理
今くるよさんの訃報について、最も重要な事実は、死去した日と公表された日が異なることです。吉本興業の公式発表によると、くるよさんは2024年5月27日(月)、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。訃報が公表されたのは翌28日(火)です。
本名は酒井スエ子(さかい・すえこ)さん。京都市出身で、長年にわたり吉本興業に所属して活動しました。吉本興業の訃報では年齢を非公表としていますが、スポーツ紙などの報道では76歳と伝えられています。
また、亡くなった5月27日は、相方の今いくよさんの命日である5月28日の前日に当たります。いくよさんが2015年に亡くなってから約9年後、くるよさんも旅立ったという日付の重なりは、コンビの長い歴史を知るファンにとって印象深い出来事となりました。
なお、死因について吉本興業が公表したのは「膵癌」、一般的な表記では膵がんです。病気の診断時期や治療内容、入院までの詳しい経過については、公式発表で具体的に説明されていません。病名と死去の事実は公表されていますが、闘病生活の詳細まで明らかになっているわけではありません。
通夜は2024年5月30日、葬儀・告別式は同31日に大阪市北区の公益社天神橋会館で営まれました。所属事務所の発表と当時の報道が、訃報に関する基本的な事実を伝えています。

【若い頃の経歴】今いくよさんとの出会いは高校時代
今くるよさんと今いくよさんの関係は、芸能界に入ってから始まったものではありません。二人は高校時代の同級生で、同じソフトボール部に所属していました。京都で青春時代をともに過ごした友人同士が、後に日本を代表する女性漫才コンビになるのです。
くるよさんは高校卒業後、一般企業で働いたのち、1970年に今喜多代さんに弟子入りしました。いくよさんも同じ師匠のもとで芸を学び、二人は漫才の道へ進みます。コンビ結成は1973年とされ、当初は本名に由来する「スエ子・正子」の名前で舞台に立った時期もありました。
二人の芸を際立たせたのは、見た目もキャラクターも対照的だったことです。細身の体型に濃いメークやつけまつげが特徴のいくよさんに対し、くるよさんはふくよかな体型と派手な衣装がトレードマークでした。互いの外見やファッションを題材にしながら、相手の言葉を受けてテンポよく笑いへつなげる掛け合いを確立しました。
当時の演芸界では、女性だけの漫才コンビが現在ほど一般的ではありませんでした。二人は女性であることを隠すのではなく、自分たちの個性や日常的な話題を積極的に芸へ取り込みました。体型や服装を笑いの題材にしながら、相手を生かし、自分も際立たせる。その役割分担が、コンビならではの強みになったのです。
1980年代の漫才ブームで知名度を高めた後も、二人は劇場やテレビ番組、CM、映画など幅広い分野で活動しました。吉本興業も訃報の中で、二人を女性漫才師のパイオニアとして紹介しています。
【二人の歩みを年表で比較】2015年の別れから最後の舞台まで
今いくよ・くるよの歴史を理解するには、コンビ結成からブレーク、いくよさんの死去、くるよさんの最後の舞台までを時系列で見ると分かりやすくなります。主要な出来事を整理しました。
| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 同級生として出会い、同じソフトボール部で活動 | 後に半世紀以上にわたって続く二人の関係の出発点 |
| 1970年 | 今喜多代さんに弟子入り | プロの漫才師を目指して修業を開始 |
| 1973年 | 「今いくよ・くるよ」としてデビュー | 対照的なキャラクターを生かした女性漫才コンビが誕生 |
| 1980年代 | 漫才ブームの中で人気を獲得 | テレビや劇場などで活躍し、女性漫才の存在感を高める |
| 1984年 | 上方漫才大賞の大賞を受賞 | コンビの実績を示す代表的な受賞歴 |
| 2015年5月28日 | 今いくよさんが胃がんのため死去 | 67歳。くるよさんは相方を失った後も芸能活動を続けた |
| 2022年4月 | 吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」に出演 | 車椅子で舞台に登場し、「どやさ!」を披露した最後の舞台 |
| 2023年 | 第26回上方演芸の殿堂入り | コンビとして関西演芸界への貢献が顕彰された |
| 2024年5月27日 | 今くるよさんが膵がんのため死去 | 報道では76歳。吉本興業が翌28日に訃報を公表 |
年表で注目したいのは、いくよさんが亡くなった後も、くるよさんが芸能活動を続けていた点です。コンビとしての活動は大きな転機を迎えましたが、くるよさんは一人の芸人として舞台に立ち、後輩芸人との交流も続けました。
そして、二人の歩みは死去によって評価が終わったわけではありません。2023年には第26回上方演芸の殿堂入りを果たしています。長年にわたる舞台活動と、関西の演芸文化に残した足跡が、コンビとして顕彰された形です。

【「どやさ」の由来】今くるよさんが女性漫才に残した功績
今くるよさんを象徴する言葉といえば、「どやさ!」です。両手を顔の前で交互に動かす独特の仕草や、腹をポンとたたく動きとともに知られ、くるよさんの名前を聞いて思い浮かべる人も多いでしょう。
「どやさ」は、京都を含む関西で使われる「どうよ」「どうだ」といった意味合いの言葉です。日刊スポーツの報道では、くるよさんが登場時のあいさつや会話の合間など、さまざまな場面で自在に使い、ファンに喜んでもらう中で代名詞的なギャグへと成長させた経緯が紹介されています。
つまり、「どやさ」は単語だけで独立したギャグというよりも、声の出し方、表情、手の動き、登場するタイミングが一体になった芸でした。言葉そのものが持つ関西らしい響きに、くるよさんの明るく大胆なキャラクターが重なったことで、短いフレーズが強い印象を残すようになったのです。
また、くるよさんの芸は、自分自身の体型や衣装を笑いの題材にする点でも特徴的でした。自分の身体を使った動きと、いくよさんの鋭いツッコミが組み合わさることで、二人の漫才は視覚的にも分かりやすいものになっていました。テレビで漫才を見る視聴者にも伝わりやすく、劇場の空気を画面越しに届ける力がありました。
主な受賞歴も、その活躍を裏付けています。報道によると、1981年に上方お笑い大賞の金賞、1982年に花王名人大賞の最優秀新人賞、1984年に上方漫才大賞の大賞を受賞しました。さらに2023年には、二人そろって第26回上方演芸の殿堂入りを果たしています。
女性漫才の先駆者としての功績は、単に女性コンビが人気を集めたことだけではありません。二人は、女性芸人ならではの視点を生かしつつ、性別を超えて幅広い観客に届く笑いを築きました。キャラクターの違いを明確にし、衣装や身ぶりも芸の一部にする表現は、テレビ時代の漫才に適応した工夫でもありました。
【病気と闘病の経緯】車椅子で「どやさ」を披露した最後の舞台
今くるよさんの最後の舞台として報じられたのは、2022年4月に開催された吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」です。会場は大阪・なんばグランド花月。くるよさんは新喜劇のコーナーに車椅子で登場し、「どやさ~!」とおなじみのギャグを披露しました。
当時の報道によると、この出演は約3年ぶりとなる同劇場の舞台でした。車椅子での登場という姿は、それまでの華やかなステージを知るファンにとって、くるよさんの歩みを振り返る象徴的な場面となりました。体調に配慮が必要な状況でも、自身の持ち味であるギャグを舞台で届けたことが、多くの報道で伝えられています。
ただし、最後の舞台が2022年だったことと、2024年に膵がんで亡くなったことを結びつけて、病気の発症時期や治療経過を断定することはできません。吉本興業の訃報は死因を公表していますが、膵がんと診断された時期や具体的な闘病期間、治療の内容までは明らかにしていません。
膵がんは一般に膵臓に発生するがんを指しますが、病名だけで個人の症状や経過を推測することはできません。くるよさんについても、公表された情報から確認できるのは、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなったという事実です。
いくよさんも2015年5月28日に胃がんのため67歳で亡くなっています。いくよさんは2014年に治療のため休養し、同年12月に舞台へ復帰したことが報じられていました。一方、くるよさんの病気については同じ程度の詳細な経過が公表されているわけではありません。二人の病歴は、それぞれ別の事実として整理する必要があります。
最後の舞台で披露された「どやさ」は、くるよさんが長年磨いてきた芸の象徴でした。華やかな衣装や豪快な身ぶりだけではなく、観客が何を期待しているかをつかみ、短い一言で会場の空気を変える力。その芸風は、最終出演の場面にも表れていました。

【結婚・旦那・子供の情報】今くるよさんの私生活とネットの誤解
今くるよさんについて検索すると、結婚していたのか、夫や子供はいたのかといった疑問も多く見られます。しかし、吉本興業の公式訃報や主要報道で中心となっているのは、芸歴、相方との関係、死去の事実です。結婚歴や配偶者、子供に関する詳細は、これらの発表では明らかにされていません。
インターネット上には、二人が生涯独身だったとする紹介記事や、結婚に関するさまざまな記述もあります。ただし、個人ブログや出典が明確でない記事だけを根拠に、結婚歴や家族構成を確定的に語ることはできません。公式発表や信頼できる報道で確認できる範囲と、出典の不明確な情報を区別して受け止めることが大切です。
また、今くるよさんの「現在」を検索する人もいますが、2026年時点で、くるよさんは2024年5月27日に亡くなっています。現在の活動を紹介する記事や、近況を伝えるように見えるページがあっても、過去のプロフィールや再掲載されたニュースである可能性があります。掲載日と出来事の日付を分けて確認すると、情報を取り違えにくくなります。
「最後の舞台」「死因」「年齢」についても、報道によって表現に違いがある点を理解しておきたいところです。年齢については、吉本興業の発表が非公表としている一方、複数の報道は76歳と伝えています。どちらか一方を無条件に誤りとするのではなく、公式発表と報道の役割の違いを踏まえて読む必要があります。
芸能人の訃報では、検索されやすい言葉ほど、断片的な情報が繰り返し掲載されることがあります。確認するときは、所属事務所の発表、発表を受けた報道機関の記事、掲載日と出来事の日付の順に照合するのが有効です。とりわけ家族構成や病気の詳細など、本人や遺族のプライバシーに関わる情報は、公開された事実と推測を混同しないことが重要です。
【プロの結論】今いくよ・くるよが漫才界に残したもの
今いくよ・くるよの功績を考えるとき、注目すべきなのは、二人が対照的な個性を競い合うだけでなく、互いの特徴を引き出し合うことで独自の漫才を築いた点です。細身のいくよさんと、ふくよかで派手な衣装のくるよさん。外見の違いを笑いに変える構成は分かりやすく、二人の掛け合いを一目で印象づけました。
その芸風は、1980年代の漫才ブームとテレビの普及によって、劇場に足を運ばない視聴者にも広がりました。声や言葉だけでなく、衣装、表情、身体の動きまで組み合わせた表現は、映像メディアとの相性もよかったのです。くるよさんの「どやさ」は、その特徴を端的に表す存在でした。
さらに、2015年にいくよさんが亡くなった後も、くるよさんは一人の芸人として活動を続けました。コンビとしての歴史を大切にしながら、自身のギャグや後輩との共演を通じて舞台に立ち続けたことは、二人の芸が単なる懐かしい思い出にとどまらなかったことを示しています。
2023年の上方演芸の殿堂入りは、こうした歩みをコンビとして顕彰した出来事でした。女性漫才の先駆者としての評価は、人気の大きさだけではなく、長年にわたって観客を楽しませ、関西演芸界に貢献してきた実績に支えられています。
訃報をきっかけに二人の名前を知った人にとっても、経歴や代表的なギャグ、最後の舞台をたどることは、当時の漫才文化を知る手がかりになります。反対に、長年のファンにとっては、二人の歴史を改めて振り返り、その芸が後の世代にどのように受け継がれているかを考える機会にもなるでしょう。
【今くるよ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今くるよさんの死因は何ですか?
A1:所属事務所の吉本興業によると、2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。訃報は翌28日に発表されました。
Q2:今くるよさんは何歳で亡くなりましたか?
A2:吉本興業の公式訃報では年齢は非公表ですが、報道各社は76歳と伝えています。本名は酒井スエ子さんです。
Q3:今いくよさんと今くるよさんは、いつ出会ったのですか?
A3:二人は高校時代の同級生で、同じソフトボール部の仲間でした。1970年に師匠の今喜多代さんに弟子入りし、1973年に「今いくよ・くるよ」としてデビューしました。
Q4:今いくよさんはいつ亡くなりましたか?
A4:今いくよさんは2015年5月28日、胃がんのため67歳で亡くなりました。今くるよさんが亡くなった2024年5月27日は、その命日の前日に当たります。
Q5:今くるよさんの最後の舞台は何ですか?
A5:2022年4月に開催された吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」です。車椅子で登場し、おなじみの「どやさ!」を披露したことが報じられています。
Q6:「どやさ」にはどのような意味がありますか?
A6:京都を含む関西で使われる「どうよ」「どうだ」といった意味合いの言葉です。くるよさんは独特の仕草や表情と組み合わせ、代表的なギャグとして定着させました。
Q7:今くるよさんに夫や子供はいましたか?
A7:結婚歴や配偶者、子供に関する詳細は、吉本興業の公式訃報や主要報道では明らかにされていません。出典の明確でないネット上の記述だけで家族構成を断定することはできません。
まとめ:今くるよさんの訃報と女性漫才に残した功績
今くるよさんは2024年5月27日、膵がんのため76歳で亡くなったと報じられました。吉本興業が翌28日に訃報を発表し、本名は酒井スエ子さんと公表されています。高校時代の同級生だった今いくよさんとともに1973年にコンビとしてデビューし、1980年代の漫才ブームを支えた女性漫才の先駆者でした。
いくよさんは2015年5月28日に胃がんのため67歳で亡くなり、くるよさんはその後も芸能活動を続けました。2022年4月の「伝説の一日」では車椅子で舞台に立ち、「どやさ!」を披露。二人は2023年に第26回上方演芸の殿堂入りを果たしています。
二人の歴史を振り返る際には、死去の日付や公表された死因、受賞歴といった確認できる事実を押さえたうえで、病気の詳細や私生活については公開された情報の範囲で理解することが大切です。今くるよさんの「どやさ!」は、華やかな衣装や身体を使った芸、観客を楽しませようとする姿勢とともに、今も二人の漫才を思い起こさせる象徴的なフレーズとして残っています。 (出典: 今 くる よ(Yahoo!ニュース))