式守伊之助の現在は?2026年最新の歴代一覧と庄之助昇進の経緯を徹底解説
大相撲の土俵で、紫と白の房を付けた軍配を手に勝負を裁く「式守伊之助」。行司の最高位である立行司の一人で、木村庄之助に次ぐ序列を持つ重要な役職です。2026年10月23日時点では、第43代式守伊之助の森田善光が務めていますが、日本相撲協会は10月1日の理事会で、11月の九州場所から第40代木村庄之助へ昇進させる人事を決定しました。これに伴い、三役格行司の木村晃之助が第44代式守伊之助を襲名する予定です。
一方、式守伊之助の歴史を振り返ると、第40代・野内五雄の退職や木村庄之助の長期空位、差し違えをめぐる昇進判断など、行司制度の難しさも浮かび上がります。両者の役割、軍配の房色と装束の菊綴、歴代伊之助の襲名、昇進の仕組みを整理し、2026年の最新人事まで詳しく解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の状況:2026年10月23日時点の第43代式守伊之助は森田善光。11月の九州場所から第40代木村庄之助に昇進する予定です。
- 装束の違い:木村庄之助は総紫、式守伊之助は紫白。両者は立行司ですが、庄之助が上位で、担当する取組も異なります。
- 昇進のポイント:伊之助から庄之助への昇進は自動的に決まるものではなく、行司としての実績や勤務状況などが判断材料になります。
【2026年最新】式守伊之助の現在は第43代・森田善光
2026年10月23日時点で式守伊之助を務めているのは、第43代の森田善光です。日本相撲協会の行司プロフィールによると、1963年9月12日生まれ、神奈川県横浜市鶴見区出身で、春日野部屋に所属しています。
森田は1979年9月に採用され、長年にわたり行司として経験を積んできました。木村春男、木村春夫、木村善之輔、木村庄太郎などの行司名を経て、2025年1月場所から第43代式守伊之助を襲名しています。
その森田にとって、2026年秋は大きな転機となりました。日本相撲協会は10月1日の理事会で、第39代木村庄之助の定年に伴う昇進人事を承認。森田が第40代木村庄之助に、三役格行司の木村晃之助が第44代式守伊之助に、それぞれ昇進することが決まりました。両者は11月の九州場所から新しい行司名で土俵に立つ予定です。
通常、行司などの裏方の昇進は翌年の初場所に合わせて実施されます。しかし、今回は第39代木村庄之助が2026年10月30日に65歳の定年を迎えるため、立行司の交代を1場所前倒しする異例の措置が取られました。日本相撲協会は、立行司が不在になる期間を生じさせず、2人の体制を維持する人事を決めたことになります。
なお、「第40代式守伊之助」と「第40代木村庄之助」は別の名跡の代数です。野内五雄が名乗った第40代式守伊之助と、2026年11月から森田善光が名乗る予定の第40代木村庄之助を混同しないよう注意が必要です。

【木村庄之助との違い】役割・軍配・装束を比較
式守伊之助と木村庄之助は、どちらも行司の最高位に当たる「立行司」です。ただし、同格という意味ではありません。立行司の内部にも序列があり、木村庄之助が首席、式守伊之助が次席とされています。
日本相撲協会の公式解説では、木村庄之助は本割の結びの一番を担当し、式守伊之助は原則として結びの一番の前の2番を裁きます。両者は土俵上の勝負判定を担う点では共通していますが、担当する取組と名跡の序列が異なります。
見た目で最も分かりやすい違いは、軍配の房や直垂に付けられた飾りの色です。行司は階級に応じて装束の色が定められており、立行司になると、それまでとは異なる格式の装束を着用します。
木村庄之助は総紫、式守伊之助は紫白です。紫白とは紫と白を組み合わせた配色を指します。軍配の房だけでなく、直垂の菊綴や飾りひもにも階級に応じた色が用いられるため、土俵上の装束は行司の地位を見分ける手掛かりになります。
また、立行司は腰に短刀を差します。これは横綱・大関らの取組を裁く責任の重さを示す伝統的な装いとして説明されてきました。差し違えの際に責任を取る覚悟を象徴する慣習ですが、実際に切腹を義務付ける制度があるという意味ではありません。
行司の装束は単なる衣装ではなく、階級と役割を視覚的に示す仕組みです。観戦中に軍配の房色を見れば、土俵に立つ行司がどの地位にあるのかを判断しやすくなります。
【歴代伊之助の流れ】第40代・野内五雄から第44代へ
式守伊之助は個人の本名ではなく、代々受け継がれる行司の名跡です。その起源は江戸時代にさかのぼり、日本相撲協会の公式解説によれば、初代式守伊之助はもともと力士として入門した人物でした。のちに行司となり、1774年(安永3年)に木村庄之助の次位に位置付けられたとされています。
長い歴史の中で多くの行司がこの名跡を受け継いできましたが、近年の襲名を追うと、立行司の人事が必ずしも一定の間隔で進んでいないことが分かります。とりわけ第40代から第43代にかけては、退職や昇進時期が制度のあり方を考えるうえで重要な節目となりました。
| 代・行司名 | 襲名時期・在位 | 主な経緯 |
|---|---|---|
| 第40代・野内五雄 | 2013年11月〜2018年5月 | 第11代式守錦太夫などを経て襲名。2018年5月31日付で退職。 |
| 第41代・今岡英樹 | 2019年1月〜2023年11月 | 立行司不在の期間を経て襲名。2024年1月から第38代木村庄之助に昇進。 |
| 第42代・木村容堂 | 2024年9月〜同年11月 | 短期間の襲名後、2025年1月から第39代木村庄之助に昇進。 |
| 第43代・森田善光 | 2025年1月〜2026年秋場所 | 第15代木村庄太郎などを経て襲名。2026年11月から第40代木村庄之助に昇進予定。 |
| 第44代・木村晃之助 | 2026年11月場所から予定 | 三役格行司から昇進。本名は小島俊明、九重部屋所属。 |
この近年の歴代一覧で特に注目されるのが、第40代の野内五雄です。1959年12月23日生まれの野内は、1975年春場所で初土俵を踏み、式守吉之輔、木村吉之輔、第11代式守錦太夫などを経て、2013年九州場所から第40代式守伊之助を襲名しました。
しかし、2017年12月の冬巡業中、若手行司に対する不適切行為が問題となりました。日本相撲協会は2018年1月に処分を発表し、3場所の出場停止としました。野内が提出していた辞職願は、処分期間中の2018年5月31日付で受理され、退職に至っています。
この退職により、木村庄之助が空位だった時期に式守伊之助まで不在となり、立行司が誰もいない場所が3場所続きました。その後、第41代が2019年1月場所から襲名し、立行司の体制が再び整えられました。
なお、ここで示したのは近年の主要な襲名の流れです。歴代の代数は、同じ人物の本名や途中の行司名とは別に、式守伊之助という名跡を襲名した回数を表しています。

【昇進の経緯】木村庄之助が約9年間空位だった背景
式守伊之助から木村庄之助への昇進は、長年の慣例として知られています。しかし、次席にいるからといって、必ずしも自動的に昇進できるわけではありません。候補者の経験や勤務状況、土俵での裁きなどを踏まえ、日本相撲協会の理事会で人事が決まります。
木村庄之助の空位が長期化した直接の出発点は、2015年3月場所で第37代木村庄之助が定年退職したことでした。後任がすぐに決まらず、最高位の名跡が空いたままになりました。
その後、2018年に第40代式守伊之助が退職し、立行司が不在となる事態も発生しました。2019年1月場所から第41代式守伊之助が襲名しましたが、木村庄之助の空位はその後も続きます。
第41代式守伊之助は、2019年から約5年間にわたり伊之助を務めました。日刊スポーツなどの報道では、在位中に軍配の差し違えが重なったことが、庄之助への昇進が遅れた背景の一つとみられていました。2023年9月の昇進決定時には、同年秋場所までに通算11度の差し違えがあったと報じられています。
ただし、昇進が遅れた理由を差し違えの回数だけで説明することはできません。日本相撲協会が昇進判断の詳細な採点基準や、特定の回数を超えた場合の一律の昇進禁止基準を公表しているわけではないからです。立行司という職責を任せるにふさわしいかどうかは、複数の要素から判断されると考えるのが適切です。
2023年9月、協会は第41代式守伊之助を第38代木村庄之助に昇進させる人事を承認しました。2024年1月場所から庄之助が約9年ぶりに復活し、長期空位の状態に区切りが付いたのです。ただし、第38代の在位は長く続かず、2024年9月には第42代式守伊之助が誕生。その後、2025年1月から第39代木村庄之助を襲名しました。
そして2026年には、第39代木村庄之助の定年退職を前に、次の襲名人事が決定しました。今回の特徴は、通常なら翌年初場所からとなる昇進を、九州場所に合わせて1場所前倒しした点です。立行司の定員を満たし、土俵の裁きを担う役職を途切れさせないという運営上の必要性が背景にあります。
【差し違えの歴史】軍配の誤りは昇進にどう影響するのか
行司の仕事で最も注目されるのは、軍配をどちらの力士に上げるかという勝負判定です。行司が示した勝者について、審判委員による協議の結果、判定が覆った場合などに「行司軍配差し違え」となります。ただし、審判委員が協議する「物言い」が付いたこと自体と、差し違えが確定することは同じではありません。
差し違えが昇進にどう影響するのかについては、2026年9月の相撲博物館でのトークショーでも話題になりました。日刊スポーツの報道によると、幕内格行司の木村要之助は、行司会が年1回、9月場所後の理事会に各行司の年間の差し違え回数を報告すると説明しています。
つまり、差し違えは単にその一番の勝負判定を誤ったという問題にとどまらず、年間の勤務状況を評価する際の材料にもなります。一方で、差し違えが1回あれば即座に降格する、あるいは昇進できなくなるという単純な制度ではありません。過去には一定数以上の差し違えが降格につながった時代もありましたが、現在の評価は回数だけで決まるものではありません。
立行司が差し違えた場合には、土俵の責任者として理事長に進退伺を申し出る慣例があります。これは責任の重大さを示すものであり、申し出た時点で必ず退職や降格が決まるわけではありません。実際、2026年5月には第39代木村庄之助が差し違えをし、理事長に進退伺を申し出たものの、慰留されたと報じられています。
過去の事例から分かるのは、差し違えの評価と昇進人事は密接に関係していても、機械的な連動ではないということです。行司としての経験、日頃の裁き、勤務実績、年齢や定年の時期なども関係するため、昇進の理由を理解するには個々の人事の経緯を合わせて見る必要があります。

【プロの結論】式守伊之助の昇進は「順番」だけでは決まらない
式守伊之助をめぐる歴史を理解するうえで大切なのは、名跡の序列と、実際にその地位を任されるための評価を分けて考えることです。木村庄之助が首席、式守伊之助が次席という序列は明確ですが、伊之助を長く務めたからといって、必ず庄之助に昇進するわけではありません。
行司の昇進を理解する際には、次の3点を押さえておくと、報道の内容を読み違えにくくなります。
- 名跡の序列と昇進決定は別:伊之助は庄之助に次ぐ地位ですが、昇進には協会の人事決定が必要です。
- 差し違えの回数だけで判断しない:年間の成績は評価材料の一つですが、回数だけで昇進や降格が自動的に決まる制度ではありません。
- 定年と人事の時期を確認する:65歳の定年や立行司の欠員によって、襲名時期が前倒しされたり、空位が続いたりすることがあります。
2026年の人事も、この仕組みをよく表しています。第43代式守伊之助の森田善光は、通常の昇進サイクルを待たず、定年退職に伴う交代によって第40代木村庄之助に昇進する予定です。同時に木村晃之助が第44代式守伊之助となることで、立行司の2人体制が維持されます。
一方、第40代式守伊之助だった野内五雄の退職や、第41代の長期在位、第38代・第39代木村庄之助への相次ぐ交代は、伝統ある名跡を継承することの難しさを示しています。行司の最高位は単に長く勤めれば到達できる肩書ではなく、勝負を裁く技量と責任を求められる役職なのです。
【式守伊之助】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、式守伊之助は誰ですか?
A1:2026年10月23日時点では、第43代式守伊之助の森田善光です。日本相撲協会の2026年10月1日の人事発表により、11月の九州場所から第40代木村庄之助に昇進する予定です。
Q2:式守伊之助と木村庄之助はどちらが上ですか?
A2:木村庄之助が上位で、式守伊之助は次席です。両者とも立行司ですが、原則として庄之助は結びの一番、伊之助はその前の2番を裁きます。
Q3:式守伊之助の軍配や装束は何色ですか?
A3:式守伊之助は紫白、木村庄之助は総紫です。軍配の房、直垂の菊綴、飾りひもなどに階級ごとの色が定められています。
Q4:第40代式守伊之助の野内五雄は現在どうしていますか?
A4:野内五雄は2013年11月に第40代式守伊之助を襲名しましたが、若手行司への不適切行為をめぐる処分を経て、2018年5月31日付で退職しています。2026年11月から誕生する予定の第40代木村庄之助とは別人です。
Q5:式守伊之助から木村庄之助へは必ず昇進できますか?
A5:必ず昇進できるわけではありません。行司の経験や勤務状況、土俵での裁きなどを踏まえて協会が人事を決定します。実際に、木村庄之助が約9年間空位だった時期もあります。
まとめ:2026年の昇進人事から見る立行司の役割と今後
式守伊之助は、大相撲の立行司として木村庄之助に次ぐ地位を担う名跡です。軍配の房色は紫白、直垂の菊綴も階級に応じた色で統一され、庄之助の総紫とは明確に区別されています。
2026年10月23日時点の第43代式守伊之助・森田善光は、11月の九州場所から第40代木村庄之助に昇進する予定です。同時に木村晃之助が第44代式守伊之助を襲名することで、立行司の2人体制が続きます。
歴代の襲名を振り返ると、野内五雄の退職、木村庄之助の長期空位、第41代の昇進までの経緯など、名跡の継承にはさまざまな事情が関係してきました。昇進のニュースを正確に理解するには、代数だけでなく、襲名の時期、担当する役割、定年や人事決定の背景を確認することが大切です。
これから大相撲を観戦する際は、行司の装束や軍配の房色にも注目してみてください。土俵上の一つひとつの所作から、行司の序列と、伝統を受け継ぐ立行司の責任が見えてきます。 (出典: 式 守 伊之助(Yahoo!ニュース))