韓国のイチローは誰?李鍾範・李炳圭から李政厚まで2026年最新比較を徹底解説
「韓国のイチロー」と呼ばれる野球選手は誰なのか。元祖として知られる李鍾範(イ・ジョンボム)と李炳圭(イ・ビョンギュ)、そしてサンフランシスコ・ジャイアンツで活躍する李政厚(イ・ジョンフ)。この愛称には、韓国プロ野球の歴史と、安打を量産する打撃技術や走攻守を兼ね備えた選手への高い評価が込められています。
2026年10月現在、注目されるのは父・李鍾範の実績を受け継ぐ李政厚のメジャーリーグでの歩みです。李政厚はKBOリーグで通算打率.340を記録し、首位打者を2度獲得。2023年のメジャー移籍後は、2026年シーズンに打率.276、10本塁打を記録しました。ここでは、愛称の由来、歴代の候補者の実績、日本球界との関係、2026年の最新成績を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「韓国のイチロー」は李鍾範と李炳圭を指して使われてきた愛称で、現在は李政厚にも使われています。
- 要点2:李鍾範は1994年に打率.393、84盗塁を記録。李炳圭もKBOで通算2043安打、首位打者2回という実績を残しました。
- 要点3:李政厚はKBO通算打率.340を記録してMLBへ移籍。2026年はジャイアンツで143試合に出場し、打率.276を記録しました。
【韓国のイチローは誰?】元祖・李鍾範と李炳圭、現在の李政厚を整理
「韓国のイチロー」という呼称を理解するには、まず一人だけに固定された正式な称号ではないことを押さえる必要があります。韓国のプロ野球リーグであるKBOリーグで活躍した複数の選手が、この愛称で紹介されてきました。
代表的な人物は、1990年代に韓国球界を席巻した李鍾範と、安打製造能力で知られた李炳圭です。さらに、李鍾範の息子である李政厚も、優れたコンタクト能力と安定した打撃成績を背景に、同様の呼称で語られています。
愛称の由来は、当時の日本球界で活躍していたイチローになぞらえ、打撃だけでなく走塁や守備にも優れた選手を評価することにあります。イチロー自身も安打を積み重ねる技術と俊足、外野守備で高い評価を得た選手です。韓国の選手に同じ呼び名が使われたのは、そうしたプレースタイルに共通点が見いだされたためです。
ただし、「韓国のイチロー」と呼ばれることは、イチローと同じ成績や選手としての特徴を完全に備えているという意味ではありません。時代も所属リーグも異なり、選手ごとに強みは違います。愛称は、主に打撃技術や総合力への評価を伝えるための比喩として理解するのが適切です。
また、李鍾範には「風の息子」という意味の韓国語の愛称「パラメ・アドゥル(바람의 아들)」もあります。息子の李政厚は、父にちなんで「風の孫」と呼ばれることがあります。「韓国のイチロー」とこれらの愛称は、それぞれ由来が異なる点にも注目したいところです。

【元祖の実績】李鍾範はなぜ「韓国のイチロー」と呼ばれたのか
元祖として最もよく名前が挙がるのが、1970年生まれの李鍾範です。1993年にヘテ・タイガースでKBOデビューを果たし、俊足と高い打撃能力を武器に、韓国球界を代表する選手へと成長しました。ヘテ・タイガースは現在の起亜タイガースにつながる球団です。
李鍾範の評価を決定づけたのは、1994年の圧倒的な成績でした。韓国野球委員会(KBO)の歴代打者記録と聯合ニュースの報道によると、この年は打率.393、196安打、113得点、84盗塁を記録。首位打者に輝き、レギュラーシーズンMVPも受賞しました。
特に84盗塁は、2026年時点でもKBOのシーズン最多記録として知られています。単にヒットを打つだけではなく、出塁後に相手バッテリーへ圧力をかけ、得点機会を生み出す能力が突出していました。長打も打てる遊撃手として、走攻守を高い水準で兼ね備えていた点が大きな特徴です。
その後、李鍾範は1998年に中日ドラゴンズへ移籍しました。NPBでは1998年から2001年までプレーし、その後は韓国球界へ復帰しています。日本のファンにとっても、中日でプレーした韓国出身の内野手・外野手として記憶に残る存在です。
なお、NPBでの成績とKBOでの成績は分けて考える必要があります。李鍾範のKBO通算成績は打率.297、1797安打、194本塁打、510盗塁。日本での経験も含め、異なるリーグでプレーしたキャリアそのものが、選手としての幅広さを示しています。
李鍾範が「韓国のイチロー」と呼ばれる背景には、1990年代の韓国球界で圧倒的な存在感を示したことに加え、打撃と走塁を組み合わせて試合を動かせる総合力がありました。単なる打率の高さだけでは説明できない評価です。
【もう一人の候補】李炳圭も「韓国のイチロー」と呼ばれる理由
「韓国のイチロー」の歴代候補として忘れてはならないのが、1974年生まれの李炳圭です。李鍾範と同様、KBOリーグで長年活躍した外野手であり、特に安打を積み重ねる打撃技術に定評がありました。
李炳圭は1997年にLGツインズへ入団し、韓国球界で長く主力打者としてプレーしました。聯合ニュースが2016年の引退時に報じた記録によると、KBOでは通算2043安打、打率.311、161本塁打、972打点を記録。1741試合に出場し、首位打者を2度獲得しています。
さらに、リーグ最多安打を4度記録し、ゴールデングラブ賞も7度受賞しました。三振を抑えながら安打を生み出す能力が際立っており、韓国を代表するコンタクトヒッターの一人として評価されています。
日本との接点もあります。李炳圭は2007年から2009年まで中日ドラゴンズでプレーしました。李鍾範も中日に在籍していたことから、両者は日本のプロ野球ファンにとっても共通点のある選手です。
では、なぜ李鍾範と李炳圭の両方が同じ愛称で紹介されるのでしょうか。ポイントは、愛称の意味が特定の記録や一人の選手に独占されるものではないことです。李鍾範は俊足と長打力を兼ね備えた総合力、李炳圭は安打を量産する技術と長期にわたる安定感が評価されてきました。
つまり、両者は同じタイプの選手だったわけではありません。李鍾範は走塁を含めた攻撃全体への影響力が大きく、李炳圭は高いコンタクト能力と安打数が際立ちます。愛称の重なりは、韓国球界において打撃技術に優れたスター選手が複数登場したことを反映しています。

【父から息子へ】李政厚のKBO通算打率.340と首位打者2回の実績
現在の「韓国のイチロー」を語るうえで、中心的な存在となっているのが李政厚です。1998年生まれの外野手で、李鍾範の息子としても知られています。父と同じくKBOで実績を積み、メジャーリーグへの移籍を果たしました。
李政厚は2017年にプロ入りし、ルーキーイヤーから打率.324、179安打、111得点を記録して新人王を受賞しました。2018年以降も高い打率を維持し、2021年には打率.360、2022年には打率.349で首位打者を獲得。2022年はMVPにも選ばれています。
KBOの公式記録では、李政厚のリーグ通算打率は.340。884試合で1181安打を記録しており、首位打者2回という実績と合わせ、韓国球界屈指のヒットメーカーとして評価されています。2023年は故障の影響で出場が86試合にとどまりましたが、シーズン終了後にメジャー挑戦へ踏み切りました。
2023年12月、サンフランシスコ・ジャイアンツは李政厚と6年総額1億1300万ドルの契約を発表しました。契約には2027年シーズン終了後のオプトアウト条項が含まれています。球団の発表では、KBOでの新人王、2022年のMVP、ゴールデングラブ賞5回といった実績も紹介されました。
父子の実績には、記録上の明確な共通点があります。父の李鍾範は1994年に打率.393で首位打者となり、息子の李政厚は2021年と2022年に首位打者を獲得しました。聯合ニュースは、KBO史上初の父子による首位打者獲得として、この記録を報じています。
ただし、李政厚の評価は父親の知名度だけで成り立っているわけではありません。KBO通算打率.340という数字、複数年にわたる安定した成績、そしてメジャー球団が提示した大型契約が示すように、独立した選手として高い評価を受けてきました。
「父の後継者」という物語は注目を集める一方、李政厚自身の実績を読み解くことも欠かせません。父が俊足と走攻守の総合力で名を残したのに対し、息子は優れたコンタクト能力と安定した打撃を軸に、国際舞台へ進出した選手と整理できます。
【2026年最新】李政厚のジャイアンツでの成績と現在の評価
2026年の李政厚は、サンフランシスコ・ジャイアンツの外野手としてシーズンを戦いました。MLB公式成績表によると、レギュラーシーズンは143試合、打率.276、149安打、10本塁打、57打点、12盗塁、OPS.724という成績です。
2025年は150試合で打率.266、8本塁打、55打点、10盗塁でした。2026年は出場試合数がやや少なかったものの、打率は.010上昇し、本塁打と打点、盗塁も前年を上回っています。少なくとも打率と本塁打数の面では、メジャーで経験を重ねながら成績を伸ばしたシーズンでした。
一方で、KBO時代の打率.340とMLBでの打率.276を単純に比較することはできません。投手の球速や変化球の質、対戦相手の守備力、試合環境などが異なるからです。MLB移籍後の成績は、韓国での圧倒的な数字をそのまま再現できたかどうかだけでなく、異なる競技環境にどこまで適応しているかという観点から見る必要があります。
2026年には背中の不調や鼠径部の打撲による負傷者リスト入りもありました。MLB公式の登録情報では、5月に負傷者リストから復帰し、9月にも一時離脱した後、同月29日に復帰しています。最終的にはジャイアンツで143試合に出場しました。
また、2026年夏にはトレード期限をめぐる動きのなかで、李政厚の去就に関する憶測も取り沙汰されました。しかし、噂が報じられることと、実際に移籍が成立することは別問題です。2026年の公式成績はジャイアンツ所属で記録されており、シーズン終了時点で別球団へ移籍した事実はありません。
契約面では、2027年シーズン終了後にオプトアウトを行使できる条項が今後の注目点です。これは選手側が契約を途中で見直せる選択肢であり、実際に行使するかどうかは将来の成績や本人の判断などに左右されます。2026年10月時点で、オプトアウトの行使が決まったとする公式発表はありません。
したがって、李政厚の現在を評価する際は、トレードの噂や父親との比較だけに目を向けるべきではありません。2026年の打率.276という実績、143試合に出場した稼働状況、前年からの成績変化、そして契約上の選択肢を組み合わせて考えることが、実態をつかむ近道です。

【歴代比較】李鍾範・李炳圭・李政厚の記録とプレースタイル
「韓国のイチロー」と呼ばれる3人は、いずれも打撃を武器にした選手ですが、キャリアの時代や評価された能力には違いがあります。KBOの歴代記録、聯合ニュースの引退・移籍報道、MLB公式成績をもとに整理すると、次のようになります。
| 選手 | KBOでの主な実績 | 日本・米国での経歴 | 評価の特徴 |
|---|---|---|---|
| 李鍾範(イ・ジョンボム) | 1994年に打率.393、196安打、84盗塁。首位打者・MVPを獲得。通算510盗塁 | 1998~2001年に中日ドラゴンズでプレー | 俊足、長打力、走攻守の総合力。愛称の元祖として知られる |
| 李炳圭(イ・ビョンギュ) | 通算2043安打、打率.311。首位打者2回、最多安打4回、ゴールデングラブ賞7回 | 2007~2009年に中日ドラゴンズでプレー | 安打を量産するコンタクト能力と長期的な安定感 |
| 李政厚(イ・ジョンフ) | 通算打率.340、1181安打。首位打者2回、2022年MVP | 2024年にMLBデビュー。2026年はジャイアンツで打率.276、10本塁打 | 高い打率とコンタクト能力。父・李鍾範から続く評価を担う存在 |
比較すると、李鍾範は盗塁を含む総合力、李炳圭は安打を生み出す技術、李政厚はKBOでの高打率とMLBへの適応が、それぞれの評価の軸になっています。
数字を比較する際には、集計期間にも注意が必要です。李鍾範の84盗塁は1994年の単年記録である一方、510盗塁はKBOでの通算記録です。李炳圭の2043安打もKBOでの通算成績であり、日本でプレーした期間の数字を含むものではありません。李政厚の打率.340も、2023年までのKBO通算成績です。2026年のMLB成績とは別の数字として扱う必要があります。
もう一つの誤解は、「韓国のイチロー」という呼び名を、韓国球界の歴代首位打者すべてに当てはまる称号と捉えることです。実際には、首位打者の獲得回数だけで愛称が決まるわけではありません。打撃のスタイル、走塁や守備の能力、当時のメディアによる紹介などが重なり、特定の選手に呼称が定着してきました。
【プロの結論】「韓国のイチロー」の真相は記録と時代背景にある
「韓国のイチロー」の真相を知るために重要なのは、呼称そのものよりも、各選手が残した記録と、評価が生まれた時代を分けて考えることです。李鍾範と李炳圭は、韓国プロ野球で活躍した異なるタイプのスター選手であり、同じ愛称で語られても実績やプレースタイルは一様ではありません。
李鍾範は1994年の打率.393と84盗塁によって、打撃と走塁を組み合わせた圧倒的な存在感を示しました。李炳圭は通算2043安打と首位打者2回という記録を残し、安打製造能力の高さで評価されました。そして李政厚は、KBO通算打率.340を記録した後、MLBへ舞台を移しています。
この3人を比較する際の判断基準は、次の3点です。第一に、単年の最高成績と通算成績を混同しないこと。第二に、韓国・日本・米国という異なるリーグの数字を単純に同じ尺度で比べないこと。第三に、愛称と公式記録を区別することです。この3点を押さえるだけでも、検索結果や見出しだけでは分かりにくい選手の実像が見えてきます。
特に李政厚については、父親の名声や「韓国のイチロー」という呼称だけで評価を決めるのではなく、MLBでの打率、出場試合数、長打力、走塁、故障からの復帰などを継続して見ることが大切です。2026年の打率.276は、KBO時代の.340とは異なる環境で積み重ねた実績です。今後の評価も、メジャーでの成績と出場状況の推移によって変わっていきます。
【韓国のイチロー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:韓国のイチローは誰ですか?
A1:元祖として知られるのは李鍾範と李炳圭です。現在は、李鍾範の息子でサンフランシスコ・ジャイアンツに所属する李政厚も、同様の愛称で紹介されています。正式な称号ではなく、複数の選手に使われてきた呼び名です。
Q2:李鍾範が韓国のイチローと呼ばれる理由は何ですか?
A2:1990年代に打撃、走塁、守備を兼ね備えた選手として活躍したためです。特に1994年は打率.393、84盗塁を記録し、首位打者とレギュラーシーズンMVPを獲得しました。中日ドラゴンズでプレーした経歴も、日本のファンに知られる理由の一つです。
Q3:李政厚の2026年最新成績はどうなっていますか?
A3:MLB公式成績によると、2026年のレギュラーシーズンは143試合に出場し、打率.276、149安打、10本塁打、57打点、12盗塁、OPS.724を記録しました。KBO時代の通算打率は.340で、2026年のMLB成績とは区別して評価する必要があります。
まとめ:韓国のイチローの歴史と李政厚の今後
「韓国のイチロー」は、李鍾範と李炳圭を中心に使われてきた愛称で、現在は李政厚にも受け継がれるように使われています。李鍾範は走攻守の総合力、李炳圭は通算2043安打を支えた打撃技術、李政厚はKBO通算打率.340とMLBへの挑戦によって、それぞれ異なる形で評価を確立しました。
2026年の李政厚は、ジャイアンツで打率.276、10本塁打を記録。故障による離脱を経験しながらも143試合に出場しました。今後はメジャーでの打撃成績や稼働状況に加え、2027年シーズン終了後に予定される契約上のオプトアウト条項も注目点になります。
愛称の由来を知ることは、単に選手の名前を覚えることではありません。韓国プロ野球で培われた実績、日本球界とのつながり、そしてMLBで新たな評価を築く選手の現在地を理解することにつながります。「韓国のイチロー」という言葉を見かけたら、誰を指しているのか、どの時代の記録なのかを確認することで、その選手の本当の価値がより明確になります。 (出典: 韓国 の イチロー(Yahoo!ニュース))