秀ノ山とは?琴奨菊の14代襲名と部屋独立、横綱雷五郎の歴史を徹底解説
「秀ノ山」と検索すると、元大関・琴奨菊の秀ノ山親方、2024年に新設された秀ノ山部屋、そして江戸時代の第9代横綱・秀ノ山雷五郎という、複数の人物や相撲の歴史が見つかります。これらは同じ名称を共有していますが、指しているものはそれぞれ異なります。
2026年10月現在、秀ノ山部屋は東京都墨田区東向島を拠点とし、元大関・琴奨菊が第14代秀ノ山として弟子の育成に取り組んでいます。2024年10月19日の部屋新設は、1914年に閉鎖された秀ノ山部屋の名称が約110年ぶりに復活した出来事でもあります。日本相撲協会の公式情報と秀ノ山部屋の発信をもとに、年寄名跡の仕組み、佐渡ヶ嶽部屋からの独立経緯、所属力士の最新状況、歴史上の秀ノ山雷五郎との違いを整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:秀ノ山は、年寄名跡・相撲部屋・第9代横綱の四股名という、区別して理解すべき複数の意味を持つ。
- 要点2:元大関・琴奨菊は14代秀ノ山を名乗り、2024年10月19日に佐渡ヶ嶽部屋から独立して秀ノ山部屋を新設した。
- 要点3:2026年9月場所時点の所属力士は8人。現在の部屋の動向と、江戸時代の秀ノ山雷五郎の歴史は別々に確認することが大切。
【秀ノ山とは?】年寄名跡・秀ノ山部屋・第9代横綱の違い
秀ノ山という言葉を正確に理解するには、まず「人」「名跡」「部屋」の3つを切り分ける必要があります。大相撲では、力士としての四股名、引退後に名乗る年寄名跡、弟子を育成する相撲部屋が、それぞれ異なる役割を持っているからです。
- 秀ノ山(年寄名跡):日本相撲協会における年寄の名跡の一つ。現在は元大関・琴奨菊が14代目を名乗る。
- 秀ノ山部屋:14代秀ノ山が師匠を務める相撲部屋。2024年10月19日に新設された。
- 秀ノ山雷五郎:江戸時代後期に活躍した第9代横綱。現在の秀ノ山親方とは別人である。
特に混同しやすいのが「14代秀ノ山」と「第9代横綱・秀ノ山雷五郎」です。前者の14代は年寄名跡を継承した代数、後者の9代は歴代横綱の代数を示しています。数え方の基準が異なるため、数字だけを見て同じ系譜の番号だと考えるのは誤りです。
また、年寄名跡を継承したからといって、必ずしも同じ名前の相撲部屋をすぐに開設するわけではありません。琴奨菊も、現役引退後は佐渡ヶ嶽部屋付きの親方として指導を続け、その後に独立して秀ノ山部屋を構えました。年寄名跡の継承と部屋の設立は、相撲界における別々の段階なのです。

【琴奨菊から14代秀ノ山へ】襲名までの経歴と転機
現在の秀ノ山親方は、福岡県柳川市出身の元大関・琴奨菊和弘です。日本相撲協会の公式プロフィールによると、1984年1月30日生まれで、2002年1月場所に初土俵を踏みました。
2004年7月場所で新十両、2005年1月場所で新入幕を果たし、2011年11月場所には大関へ昇進。2016年1月場所では幕内初優勝を飾りました。前に出る力強い相撲で知られ、現役時代には大関として長く幕内の土俵を支えました。
2020年11月場所を最後に現役を引退した後は、年寄として後進の指導に携わりました。秀ノ山部屋の公式サイトでは、2022年の断髪式で14代秀ノ山を襲名したことを紹介しています。現役時代の琴奨菊から、弟子を育てる秀ノ山親方へと役割が移った節目です。
現役時代の主な実績は、幕内優勝1回、殊勲賞3回、技能賞4回。日本相撲協会が公表する生涯戦歴は828勝676敗41休で、幕内戦歴は718勝621敗41休です。単に大関まで昇進した力士というだけでなく、長年の競技経験を持つ指導者として部屋を率いている点が、現在の秀ノ山親方を理解するうえで重要です。
親方の現役時代の経験は、弟子の育成にもつながります。公式サイトでは「忍耐」「集中」「継続」を掲げ、自分を超える力士を育てたいという目標を示しています。現役時代に積み重ねた経験を、今度は次世代の力士に伝える立場になったのです。
【独立の理由を解説】秀ノ山部屋はなぜ佐渡ヶ嶽部屋から独立したのか
秀ノ山部屋の設立経緯を理解するうえで、最も重要な日付は2024年9月26日と同年10月19日です。日本相撲協会は9月26日の理事会で、秀ノ山親方が佐渡ヶ嶽部屋から独立し、10月19日付で秀ノ山部屋を新設することを承認しました。
琴奨菊は現役時代、佐渡ヶ嶽部屋に所属していました。引退後も同部屋付きの親方として後進を指導していましたが、独立によって、自らが師匠となる相撲部屋を持つ立場へと移りました。
独立の理由について、秀ノ山部屋公式サイトは「自分を超える力士を育てたい」という思いを掲げています。さらに、弟子一人ひとりと向き合い、忍耐・集中・継続を大切にする育成方針を紹介しています。公表された説明から読み取れるのは、独自の指導環境を整え、次世代の力士を育てるという目標です。
一方、独立を佐渡ヶ嶽部屋との対立やトラブルによるものと結び付ける根拠は、協会の発表や部屋の公式説明には見当たりません。部屋の独立は、師匠が独自の運営体制を持つという組織上の変化です。確認できる事実と、外部からの推測を混同しないことが大切です。
独立時には、佐渡ヶ嶽部屋から琴高口、琴宗形、琴元村、琴花城の4人が転属しました。日本相撲協会の2024年9月26日付の理事会発表にも、転属する力士の名前が記載されています。新しい部屋は、師匠一人で始まったのではなく、弟子たちとともに出発したのです。

【設立から2026年最新情報まで】秀ノ山部屋の年表と所属力士
秀ノ山部屋の歩みは、琴奨菊の引退後の親方としての活動と、2024年の独立を軸に整理できます。部屋公式サイトによると、現在の部屋は1914年に閉鎖されて以来、約110年ぶりの再興です。名称の復活という歴史的な側面に加え、現在の所属力士がどのように番付を上げていくかも注目されています。
| 時期 | 出来事 | 意味・補足 |
|---|---|---|
| 2002年1月 | 琴奨菊が初土俵 | 佐渡ヶ嶽部屋で力士人生をスタート |
| 2011年11月 | 大関に昇進 | 現役時代の大きな到達点 |
| 2016年1月 | 幕内初優勝 | 幕内優勝1回の実績を残す |
| 2020年11月 | 現役を引退 | 年寄として後進の指導へ |
| 2022年 | 断髪式で14代秀ノ山を襲名したと部屋公式サイトが紹介 | 秀ノ山親方としての歩みを象徴する節目 |
| 2024年9月26日 | 日本相撲協会が部屋新設を承認 | 佐渡ヶ嶽部屋からの独立が決定 |
| 2024年10月19日 | 秀ノ山部屋を新設 | 4人の力士が転属し、新体制がスタート |
| 2026年9月場所 | 所属力士8人が出場 | 三段目以下の力士を中心に育成が続く |
2026年10月時点で確認できる最新の番付・成績情報は、直前の9月場所のものです。日本相撲協会の部屋紹介と、福岡県柳川市が公開した9月場所の星取表によると、所属力士は8人。番付は三段目、序二段、序ノ口に分かれています。
2026年9月場所時点の所属力士は、次の8人です。
- 誠雄:西三段目十九枚目
- 菊ノ城:東三段目七十五枚目
- 菊昇基:西序二段二十二枚目
- 添田山:東序二段二十七枚目
- 康誠:西序二段五十八枚目
- 美浪:東序二段六十八枚目
- 出野:東序二段七十枚目
- 杣乃心:西序ノ口十四枚目
同場所では、誠雄が5勝2敗、菊ノ城が4勝3敗、康誠が5勝2敗を記録しました。添田山と出野も4勝3敗で勝ち越しています。部屋全体では26勝25敗5休で、8人のうち5人が勝ち越しました。これは9月場所の結果であり、次の場所の番付や成績を示すものではありません。
なお、秀ノ山部屋の最新の番付や力士紹介を確認する際は、日本相撲協会の「相撲部屋のご紹介」と秀ノ山部屋公式サイトが基本的な情報源になります。番付は本場所ごとに変わるため、所属力士の人数だけでなく、各力士の四股名や番付の更新日にも注目すると、部屋の現在地をより正確に把握できます。
【第9代横綱・秀ノ山雷五郎】歴史上の人物と年寄名跡の関係
秀ノ山という名前には、江戸時代の相撲史も刻まれています。第9代横綱・秀ノ山雷五郎は、文化5年(1808年)生まれの力士で、現在の宮城県気仙沼市の出身です。日本相撲協会の歴代横綱プロフィールでは、横綱在位は弘化2年11月から嘉永3年3月までとされています。
秀ノ山雷五郎は、北山、天津風、立神、岩見潟などの四股名を経て秀ノ山を名乗りました。日本相撲協会の相撲博物館の解説では、身長164センチの小兵ながら活躍した横綱として紹介されています。現在の大型力士とは異なる体格で土俵を沸かせた点も、歴史上の秀ノ山雷五郎を特徴付ける要素です。
引退後の雷五郎は年寄・秀ノ山として後進の育成にも携わり、第12代横綱・陣幕久五郎を輩出したことでも知られています。現役力士としての実績だけでなく、引退後に弟子を育てる立場へ移った点は、現代の秀ノ山親方とも重なる部分です。ただし、両者は別の時代を生きた別人であり、直接的な師弟関係があるわけではありません。
また、秀ノ山という年寄名跡そのものは、初代が四股名として用いた名前に由来するとされています。年寄名跡の歴代と横綱の代数は別々に数えられ、秀ノ山雷五郎は年寄名跡の歴代では3代目に当たる一方、横綱としては第9代です。
この違いは、相撲界の名前の仕組みを理解するうえで欠かせません。四股名は土俵上で力士を識別する名前、横綱の代数は歴代横綱の序列、年寄名跡の代数は親方が継承する名跡の歴史を示します。同じ「秀ノ山」という表記でも、何を数えているかによって意味が変わるのです。

【秀ノ山部屋の現在地】公式サイト・育成方針・今後の注目点
秀ノ山部屋の所在地は、東京都墨田区東向島4丁目です。日本相撲協会の公式部屋紹介にも所在地と師匠の情報が掲載され、秀ノ山部屋公式サイトでは所属力士のプロフィール、新弟子募集、部屋からのお知らせなどが案内されています。動画配信を行う「秀ノ山部屋ちゃんねる」も、部屋の活動を知るための情報源です。
公式サイトが掲げる育成理念は「忍耐」「集中」「継続」。秀ノ山親方は、現役時代に培った経験を生かし、自分を超える力士を育てることを目標にしています。独立した部屋を持つことで、師匠自身の考えを軸に稽古や生活指導を組み立てていく環境が整いました。
2026年9月場所時点では、所属力士8人はいずれも三段目以下の番付に位置しています。現時点で関取はおらず、部屋の成長を判断する際には、幕内優勝のような大きな成果だけでなく、幕下への昇進や関取誕生に向けた歩み、各力士の勝ち越し、所属力士の定着など、複数の指標を見る必要があります。
新設された相撲部屋にとって、師匠の知名度だけでなく、弟子が継続的に力を伸ばせる環境を築くことが長期的な課題です。秀ノ山部屋の場合、琴奨菊としての実績に加えて、どのような力士を育て、どの段階まで番付を押し上げていくのかが今後の注目点となります。
情報を追う読者にとっては、秀ノ山部屋公式サイトで部屋の理念や所属力士のプロフィールを確認し、日本相撲協会の公式情報で最新番付を照合する方法が分かりやすいでしょう。部屋の公式発信は育成方針や活動を知るのに適しており、協会の情報は番付や戦歴などを確認するのに役立ちます。目的に応じて情報源を使い分けることが、秀ノ山部屋の現在を正しく理解する近道です。
【秀ノ山】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:秀ノ山とは何ですか?
A1:主に、年寄名跡の秀ノ山、元大関・琴奨菊が師匠を務める秀ノ山部屋、江戸時代の第9代横綱・秀ノ山雷五郎を指します。同じ名前ですが、名跡・相撲部屋・歴史上の人物という異なる意味があります。
Q2:14代秀ノ山親方は元琴奨菊ですか?
A2:はい。14代秀ノ山は元大関・琴奨菊和弘です。2020年11月場所で現役を引退し、年寄として後進の指導に携わった後、2024年10月19日に秀ノ山部屋を新設しました。
Q3:秀ノ山部屋が佐渡ヶ嶽部屋から独立したのはなぜですか?
A3:秀ノ山部屋公式サイトは、自分を超える力士を育てたいという思いを設立の背景として紹介しています。日本相撲協会は2024年9月26日の理事会で独立と部屋新設を承認し、同年10月19日付で新体制が発足しました。
Q4:秀ノ山部屋には2026年現在、何人の力士がいますか?
A4:2026年9月場所時点では8人です。誠雄、菊ノ城、菊昇基、添田山、康誠、美浪、出野、杣乃心が所属しています。最新の番付は、本場所ごとに日本相撲協会の公式情報で確認できます。
Q5:秀ノ山雷五郎と14代秀ノ山親方は同一人物ですか?
A5:別人です。秀ノ山雷五郎は江戸時代後期に活躍した第9代横綱で、14代秀ノ山親方は元大関・琴奨菊です。雷五郎は年寄名跡の歴代では3代目に当たりますが、横綱の代数と年寄名跡の代数は異なる基準で数えられています。
Q6:秀ノ山部屋の公式サイトでは何を確認できますか?
A6:所属力士のプロフィール、部屋の理念、新弟子募集、お知らせなどを確認できます。最新の番付や公式戦績を調べる場合は、日本相撲協会の部屋紹介や各力士の公式プロフィールも併せて見ると便利です。
まとめ:秀ノ山の歴史と現在を正しく見分けるポイント
秀ノ山という名前を理解する鍵は、年寄名跡、相撲部屋、横綱の四股名を混同しないことです。現在の14代秀ノ山は元大関・琴奨菊であり、2024年10月19日に秀ノ山部屋を新設しました。1914年に閉鎖された部屋の名称が約110年ぶりに復活したことは、相撲部屋の歴史という面でも大きな節目です。
一方、第9代横綱・秀ノ山雷五郎は、江戸時代に活躍した歴史上の力士です。雷五郎の横綱としての代数と、琴奨菊が継承した年寄名跡の代数は、別の基準で数えられています。同じ名称を持つからといって、同一人物や同じ番号の系譜を意味するわけではありません。
2026年の秀ノ山部屋を見るうえでは、所属力士8人の番付や勝ち越し状況、部屋が掲げる育成理念、そして今後の昇進が注目されます。親方の現役時代の実績だけでなく、弟子たちがどのように成長していくかを追うことで、独立から始まった新しい部屋の歩みがより具体的に見えてきます。
秀ノ山部屋の活動は公式サイトで、日本相撲協会の番付・戦歴は協会の公式情報で確認する。この使い分けを押さえておけば、歴史上の秀ノ山雷五郎と現代の秀ノ山親方を正しく区別しながら、部屋の最新動向を追うことができます。 (出典: 秀 ノ 山(Yahoo!ニュース))