原大智モーグル時代から競輪へ!平昌銅メダルと2026年現在の実績を徹底解説
原大智さんは、2018年の平昌オリンピックで男子モーグルの銅メダルを獲得した元フリースタイルスキー選手です。北京オリンピックにも出場した実力者でありながら、2020年には競輪選手としてデビュー。異なる競技の世界で頂点を目指した経歴が注目を集めてきました。
2026年10月現在、原大智さんは日本競輪選手会の宮城支部に所属する競輪選手として活動しています。日本競輪選手養成所117期を経てプロデビューし、現在はS級2班でレースに出場。平昌五輪のメダリストが、なぜ競輪への転身を決断したのか。モーグル時代の実績、転身の理由、師匠・和田圭さんとの関係、競輪の成績や収入まで、公式プロフィールと競技関係の報道をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- モーグルの実績:2018年平昌五輪で男子モーグル銅メダル、2022年北京五輪で7位入賞。
- 競輪への転身:2020年5月にプロデビューし、北京五輪後の2022年に競輪一本へ専念。
- 2026年現在:日本競輪選手養成所117期、S級2班。師匠は宮城支部の和田圭さん。
- 収入の見方:一般企業のような固定年俸ではなく、競輪の賞金などが収入を考えるうえでの中心となる。
【原大智のプロフィール】出身地や高校、モーグルを始めたきっかけ
原大智さんは1997年3月4日生まれ、東京都出身のアスリートです。幼い頃からスキーに親しみ、小学6年生のときにモーグルを本格的に競技として始めました。
エイベックス・ポータルの公式プロフィールによると、原さんは新潟県南魚沼郡のNASPAスキーガーデンで練習を重ね、16歳のときにカナダへ渡っています。海外で競技力を磨く道を選び、カナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミー(CSBA)で学びながらスキーに取り組みました。
学歴については、日本オリンピック委員会(JOC)のプロフィールにウィスラー・セカンダリー・スクールが記載されています。日本の一般的な高校に進学したというより、カナダでの競技生活と学業を組み合わせた点が原さんの経歴の特徴です。帰国後は日本大学スポーツ科学部に進学したことも、大学の紹介記事で取り上げられています。
モーグルは、雪面に連続するコブを滑り降りながら、ターンの技術やスピード、ジャンプの完成度などを競うフリースタイルスキーの種目です。瞬発力だけでなく、斜面の変化を読む判断力や空中で姿勢を制御する技術も求められます。
原さんが若い時期から海外で経験を積んだことは、その後の国際大会での活躍につながりました。単に身体能力に優れていただけでなく、早い段階から競技環境そのものを変え、世界で戦うための技術を身につけていったのです。
また、エイベックス・マネジメント・エージェンシーの公式プロフィールでも、平昌五輪の銅メダリストであり、競輪選手でもある経歴が紹介されています。モーグル時代の実績と競輪への転身が、原さんの人物像を理解するうえで欠かせない二つの柱になっています。

【平昌五輪から北京五輪へ】原大智が残したモーグルの実績
原大智さんの名前が広く知られるきっかけになったのは、2018年の平昌オリンピックです。男子モーグル決勝で82.19点を記録し、銅メダルを獲得しました。
JOCの大会記録によると、この銅メダルは原さんにとって初めてのオリンピックメダルであり、日本男子選手が冬季五輪のフリースタイルスキーで表彰台に立った歴史的な結果でもありました。日本の男子モーグル界に新たな実績をもたらした選手として、競技ファン以外からも注目されました。
平昌五輪だけが原さんの実績ではありません。2017年の冬季アジア大会ではデュアルモーグルで銀メダルを獲得。さらに、2019年の世界選手権ではモーグルとデュアルモーグルの両種目で3位に入り、国際舞台で安定して結果を残しました。
その後、原さんは2022年の北京オリンピックにも出場し、男子モーグルで7位に入賞しています。平昌五輪のメダル獲得が一度限りの好成績ではなく、次の五輪でも上位を争う実力を備えていたことが分かります。
一方、五輪でメダルを獲得したことと、競技人生の目標をすべて達成したことは同じではありません。2025年12月に公開されたREAL SPORTSのインタビューでは、原さんが金メダルを目指してきた過程や、競輪に挑戦するまでの心境が紹介されています。世界の頂点を目指した経験が、その後の新たな競技人生を考える土台になりました。
原さんのモーグル時代を評価する際には、平昌五輪の銅メダルだけでなく、世界選手権の成績や北京五輪での7位入賞も合わせて見ることが重要です。国際大会で実績を積み上げた選手が、競技の第一線から別の世界へ移った点に、この経歴の大きな特徴があります。
【経歴年表】原大智のモーグルから競輪への転身を整理
原大智さんの歩みを理解するには、モーグルの実績と競輪への転身を時系列で追うと分かりやすくなります。二つの競技に同時に取り組んでいた時期と、競輪に専念した時期を区別することがポイントです。
| 時期 | 主な出来事 | 意味・実績 |
|---|---|---|
| 小学6年生ごろ | モーグルを本格的に開始 | NASPAスキーガーデンなどで練習を重ねる |
| 16歳ごろ | カナダへ渡り、スキー留学 | 海外の競技環境で技術を磨く |
| 2017年 | 冬季アジア大会で銀メダル | デュアルモーグルで国際大会の表彰台に立つ |
| 2018年2月 | 平昌オリンピックで銅メダル | 男子モーグルで82.19点を記録 |
| 2019年 | 世界選手権で2種目3位 | モーグル、デュアルモーグルで実績を残す |
| 2020年5月 | 競輪選手としてデビュー | 日本競輪選手養成所117期を経てプロの世界へ |
| 2022年2月 | 北京オリンピックで7位入賞 | モーグル選手として2大会連続で五輪に出場 |
| 2022年4月以降 | 競輪に専念 | モーグルを引退し、競輪一本の競技生活へ移行 |
| 2024年7月 | S級に昇格 | 競輪選手として上位クラスへ進む |
| 2026年10月 | S級2班で活動 | KEIRIN.JPの選手プロフィールで現役選手として掲載 |
この年表で押さえておきたいのは、原さんがモーグルの引退後に競輪を始めたわけではないことです。競輪選手としてのデビューは2020年5月で、北京五輪に出場した2022年までは二つの競技を並行していました。
つまり、モーグルから競輪への転身は、一度にすべてを切り替える単純な決断ではありません。競輪選手としての基礎を身につけながら、五輪という大きな目標にも挑戦し、北京大会を終えた段階で競技生活の軸を一本化した流れです。

【転身の理由】なぜ五輪メダリストは競輪選手になったのか
原大智さんが競輪を意識するようになったきっかけは、モーグルのナショナルチームに関わるトレーナーとの出会いでした。2025年12月のREAL SPORTSのインタビューでは、17歳の頃にトレーナーから競輪を紹介された経緯が語られています。そのトレーナーは競輪選手のコンディショニングにも携わっており、原さんの身体を見て、自転車競技に向いていると勧めたことが最初の接点になりました。
原さんにとって魅力だったのは、自転車で高速走行する感覚です。スピードを出すことが好きだった原さんは、競輪の速度感に興味を持ちました。また、競技を仕事として続けるための将来設計も、選択を考えるうえでの要素になったとインタビューで説明されています。
トップアスリートであっても、競技生活には終わりがあります。モーグルで世界の頂点を目指すことと、その後の人生を見据えて新しい技能を身につけることは、必ずしも相反しません。原さんの場合、競輪は単なる引退後の就職先ではなく、現役のうちから挑戦する新たな競技でした。
ただし、五輪メダリストだからといって、競輪でもすぐに結果を出せたわけではありません。スキーで培った筋力や身体操作の経験があっても、競輪には自転車の操作、レース展開の読み、他選手との位置取り、仕掛けるタイミングなど、独自の技術が必要です。
原さんはインタビューで、競輪に転向してからは最初から適性を実感できたわけではなく、できないことの多さに直面したと振り返っています。養成所で学び、プロデビュー後も競走経験を重ねる必要がありました。知名度や過去の実績だけで新しい競技を攻略できるほど、プロの世界は単純ではありません。
モーグルで世界選手権や五輪を経験した選手が、未経験に近い状態から別競技の基礎を積み上げる。その過程こそ、原さんの転身を理解するうえで重要です。競輪への挑戦は、過去の栄光に頼るのではなく、もう一度競技者として評価を得るための選択だったのです。
【2026年現在の競輪成績】117期・S級2班としての活動と収入
2026年10月現在、原大智さんは日本競輪選手養成所117期の競輪選手として、宮城支部に所属しています。KEIRIN.JPの選手プロフィールでは、2026年10月15日更新の情報でS級2班と掲載され、今期得点は104.80となっています。
競輪の級班は、選手の競走成績などに応じて区分されるものです。原さんは2024年7月にS級へ昇格し、2025年7月にA級1班となった後、2026年1月に再びS級2班へ昇格しています。2026年現在は、競輪選手として上位クラスで戦う段階にあります。
直近の成績を見ると、KEIRIN.JPのプロフィールに掲載された2026年10月1日更新の直近4カ月データでは、23走で1着5回、2着4回、3着6回、着外8回。勝率は21.7%、2連対率は39.1%、3連対率は65.2%でした。集計期間が限られた数字ではありますが、上位クラスで一定の成績を残していることが分かります。
なお、競走得点や勝率は、集計する期間によって変わります。プロフィールの更新日と直近4カ月の成績欄では基準日が異なるため、数字を比較する際には対象期間をそろえる必要があります。競輪の成績を継続的に追う場合は、単発の着順だけでなく、級班、競走得点、勝率、連対率を合わせて確認するのが基本です。
原さんの年俸や収入についても関心が集まりますが、一般企業の会社員のように固定の年俸が定められていると考えるのは適切ではありません。競輪選手の収入を考える際には、レースで獲得する賞金などが中心となり、出走する競走の格や着順、年間の出走数などによって変動します。
原さん個人の2026年の年間収入を確定できる金額は、今回参照した公式プロフィールには記載されていません。競走得点や級班だけから年収を逆算することもできません。賞金ランキングに名前が載っていないことと、収入がないことも別問題です。正確な金額を知るには、対象年の賞金実績など、期間と集計条件が明確な資料が必要になります。
2026年の原さんを評価するうえでは、平昌五輪のメダリストという肩書だけに注目するのではなく、競輪選手としての直近成績を見ていくことが大切です。異なる競技で実績を残した経歴は注目を集めますが、競輪での評価は、現在のレース結果によって積み重なっていきます。

【師匠・和田圭との関係】二刀流の難しさと競輪一本への転換
原大智さんの競輪選手としての歩みを語るうえで欠かせないのが、師匠の和田圭さんです。KEIRIN.JPの選手プロフィールでは、和田さんは宮城支部の92期生として掲載され、原さんの師匠に位置づけられています。
競輪では、練習環境や競技技術を学ぶうえで、先輩選手とのつながりが重要になります。原さんの場合も、競輪のルールやレースの組み立てを理解し、プロとして経験を積んでいくうえで、競輪界の指導者や練習仲間との関係が競技生活を支える要素となっています。
ただし、和田さんとの関係について、公開されたプロフィールから確認できるのは師弟関係などの基本情報です。具体的な練習内容や日々の指導の詳細については、本人や関係者による個別の発言と区別して捉える必要があります。
原さんの二刀流生活で特に難しかったのは、競輪とモーグルで求められる身体の使い方や練習を同時に最適化しなければならなかったことです。競輪で必要な筋力や持久力を高めることが、モーグルでの動きにも常にプラスになるとは限りません。ジャンプやターンを含むスキーの動作と、競輪の走行に適した身体づくりでは、競技ごとの調整が必要です。
競輪選手養成所の所長と原さんが対談した記事でも、二つの競技を並行することの難しさが取り上げられています。原さん自身も、競輪の練習を軸にしながらモーグルの練習時間を確保するなど、限られた時間の中で二つの競技を調整していました。
そして、2022年の北京オリンピックを終えた後、原さんはモーグルを引退し、競輪一本に専念する道を選びました。二刀流を続けること自体が目的なのではなく、それぞれの競技にどこまで向き合えるかを考えたうえで、活動の軸を定めたのです。
この転換を「五輪で成功した選手が競技を捨てた」と捉えるのは一面的です。原さんは北京五輪で7位に入賞した後も、別の競技で成長する道を選びました。すでに結果を残した分野にとどまるのではなく、未経験の領域で新たな評価を得ようとする姿勢が、原さんのキャリアの特徴です。
【原大智モーグル】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:原大智は2026年現在もモーグルを続けていますか?
A1:いいえ。原さんは2022年の北京オリンピック後にモーグルを引退し、競輪に専念しています。2026年現在は日本競輪選手会宮城支部所属の競輪選手として活動しています。
Q2:原大智は平昌オリンピックで何位でしたか?
A2:2018年の平昌オリンピック男子モーグルで3位となり、銅メダルを獲得しました。決勝では82.19点を記録しています。2022年の北京オリンピックでは男子モーグルで7位に入賞しました。
Q3:原大智が競輪選手になった理由は何ですか?
A3:17歳ごろにトレーナーから競輪を紹介されたことがきっかけです。自転車のスピードに魅力を感じたことに加え、将来の競技生活も考えて挑戦を決断しました。2020年5月に競輪選手としてデビューしています。
Q4:原大智の師匠は誰ですか?
A4:宮城支部の競輪選手である和田圭さんです。KEIRIN.JPの公式プロフィールで、原さんの師匠として掲載されています。
Q5:原大智の出身高校はどこですか?
A5:原さんは10代でカナダへ渡り、ウィスラー・セカンダリー・スクールで学びながら競技力を磨きました。カナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミーでのスキー留学も、公式プロフィールや関連する紹介記事に記載されています。
Q6:原大智の競輪選手としての年収はいくらですか?
A6:個人の年間収入を確定できる金額は、今回参照した公式プロフィールには記載されていません。競輪選手の収入はレースの賞金などによって変動するため、級班や競走得点だけから年収を断定することはできません。
まとめ:原大智の現在は競輪一本、次の実績に注目
原大智さんは、2018年の平昌オリンピックで男子モーグルの銅メダルを獲得し、2022年の北京オリンピックでも7位に入賞した実力者です。その一方、2020年5月には競輪選手としてデビューし、北京五輪後の2022年からは競輪一本に活動を絞りました。
2026年10月現在は、日本競輪選手養成所117期、宮城支部所属のS級2班として競技を続けています。師匠は和田圭さん。直近の公式成績でも、上位クラスでレースを重ねていることが確認できます。
原さんのキャリアから見えてくるのは、異なる競技で培った経験が、新しい世界での成功を自動的に保証するわけではないということです。モーグルで五輪の表彰台に立った選手であっても、競輪では基礎から技術を習得し、競走経験を積み重ねる必要がありました。
また、二刀流の価値は、二つの競技を永久に続けることだけにあるのではありません。挑戦を通じて自分の可能性を確かめ、必要に応じて活動の軸を切り替えることも、アスリートのキャリアを考えるうえで重要な選択です。
今後の原大智さんに注目するなら、過去の五輪実績だけでなく、S級での競走得点、勝率、連対率、各開催での着順を継続的に確認するのが有効です。平昌五輪のメダリストが競輪選手としてどこまで成績を伸ばしていくのか。その歩みは、原さんの新しい競技人生を知るための大きな見どころとなっています。 (出典: 原 大智 モーグル(Yahoo!ニュース))