青山学院大学駅伝監督・原晋の経歴と就任理由、箱根3連覇の指導術を徹底解説
青山学院大学の駅伝監督を務める原晋氏は、2026年の第102回箱根駅伝でチームを3年連続9度目の総合優勝に導いた名将です。大会新記録となる10時間37分34秒を記録し、同一大学による2度目の3連覇という歴史的な偉業を達成しました。
しかし、原監督は箱根駅伝の出場経験を持たず、監督就任前には中国電力で約10年間、会社員として働いていました。2004年に青山学院大学の監督へ転身してから、どのようにして低迷していたチームを常勝軍団へ変えたのでしょうか。本人のインタビューや大学の公式発表、2026年の最新情報をもとに、経歴、就任の経緯、指導術、マネジメントの特徴まで詳しく解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年の実績:第102回箱根駅伝で3年連続9度目の総合優勝を達成。大会新記録10時間37分34秒を樹立した。
- 異色の経歴:箱根駅伝の出場経験はなく、中国電力での会社員生活を経て2004年に青学の監督へ就任した。
- 強さの秘密:科学的なトレーニングに加え、生活習慣、選手の自主性、心理的安全性、データに基づく選手起用を重視している。
【2026年最新】青山学院大学駅伝監督・原晋氏の現在と第102回箱根駅伝3連覇
2026年10月現在、青山学院大学陸上競技部の長距離ブロックを率いる監督は原晋氏です。同氏は青山学院大学地球社会共生学部の教授も務めており、競技指導にとどまらず、大学教育や講演活動、メディア出演など幅広い分野で活動しています。
2026年1月2日・3日に開催された第102回東京箱根間往復大学駅伝競走では、青山学院大学が総合10時間37分34秒の大会新記録で優勝しました。2024年、2025年に続く3年連続の総合優勝であり、通算9度目の箱根駅伝制覇です。
青山学院大学の公式発表によると、この優勝は同一校として大会史上初となる「2度目の3連覇」に当たります。2015年から2018年にかけて4連覇を成し遂げたチームが、2024年から再び3年連続で頂点に立ったことは、長期的な競技力の維持という点でも注目に値します。
また、原監督自身も箱根駅伝の総合優勝回数を9回に伸ばしました。日本記録認定協会は、2026年大会の優勝を受けて、原監督を箱根駅伝における日本最多総合優勝監督として紹介しています。
ただし、原監督が選手に優勝回数や連覇そのものを強く意識させていたわけではありません。2026年1月3日の文化放送の復路終了後インタビューでは、記録の数字を追いかけるよりも、毎年新しいチームで新しいことに取り組む積み重ねが成果につながったという趣旨を語っています。
大学駅伝は、卒業によって主力選手が入れ替わる学生スポーツです。前年の成功をそのまま再現するのではなく、毎年チームをつくり直しながら結果を出すことこそ、青学の強さを理解する重要なポイントです。

【経歴・プロフィール】原晋監督はどんな人物?中国電力時代から現在までの年表
原晋氏は1967年3月8日、広島県三原市生まれです。世羅高校、中京大学を経て中国電力陸上競技部に所属しました。現在は箱根駅伝の名将として知られていますが、そのキャリアは競技者としての挫折と、会社員としての経験によって形づくられています。
原監督の公式プロフィールによると、中京大学時代には日本インカレ5000メートルで3位に入賞。1989年に中国電力陸上競技部の第1期生として入部したものの、故障などに苦しみ、1995年に現役を引退しました。その後は会社員として働き、営業職で実績を積み上げています。
原監督の主な経歴を整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1967年3月 | 広島県三原市に生まれる | 世羅高校で陸上競技に取り組む |
| 大学時代 | 中京大学に進学 | 日本インカレ5000メートルで3位 |
| 1989年 | 中国電力陸上競技部に入部 | 実業団選手として競技生活を送る |
| 1995年 | 競技生活を引退 | 中国電力で会社員として再出発 |
| 2004年 | 青山学院大学陸上競技部監督に就任 | 10年計画のビジョンを掲げてチーム改革を開始 |
| 2009年 | 箱根駅伝本戦に出場 | 青学として33年ぶりの出場 |
| 2015年 | 箱根駅伝で初の総合優勝 | 監督就任11年目に悲願を達成 |
| 2017年 | 箱根駅伝3連覇・大学駅伝3冠 | 出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝を制覇 |
| 2018年 | 箱根駅伝4連覇 | 青学の黄金期を確立 |
| 2019年4月 | 青山学院大学の教授に就任 | 競技指導と大学教育を両立 |
| 2024~2026年 | 箱根駅伝3連覇 | 2026年に通算9度目の総合優勝、大会新記録を達成 |
この年表で注目したいのは、監督就任から箱根駅伝初優勝までに11年を要している点です。2004年に監督になったからといって、すぐに強豪校になったわけではありません。まず本戦への復帰を実現し、シード権を獲得し、選手層を厚くしながら優勝できるチームへと段階的に成長していきました。
また、原監督には箱根駅伝を選手として走った経験がありません。2016年に公開された金融広報関連のインタビュー「知るぽると」でも、箱根駅伝への出場経験がなく、現役引退後は10年間にわたり陸上競技から離れていた異色の経歴が紹介されています。
選手としての実績や従来の指導者像だけでは説明できないキャリアだからこそ、原監督が会社員時代に培った組織運営や目標管理の経験は、青学の改革を読み解くうえで欠かせません。
【2004年の就任理由】原晋監督はなぜ中国電力を辞めて青学へ移ったのか
原監督が青山学院大学の監督に就任したきっかけは、陸上競技界で長年指導者として実績を重ねた結果ではありませんでした。世羅高校の後輩で、青山学院大学OBでもあった瀬戸昇氏の推薦が、監督就任につながったとされています。
当時の原監督は、すでに競技生活を引退して会社員として働いていました。本人は2026年3月に公開された神奈川県のインタビューで、中国電力時代に営業職として働き、スポーツ入社という周囲の見方を覆そうと努力した経験を振り返っています。
青学から監督就任の話を受けたとき、原監督は長年抱いていた「先生になりたい」という思いを実現する機会だと受け止めました。そして、箱根駅伝出場から総合優勝までを見据えた10年計画のビジョンを作成し、大学関係者にプレゼンテーションを行いました。
神奈川県のインタビューでは、監督候補に選ばれた理由について、本人が大学側の関係者から「挫折を経験しているから」と説明されたことも明かしています。競技者として成功を収められなかった経験や、会社員として苦労した経験が、学生の気持ちを理解する力につながると期待されたのです。
つまり、原晋監督の中国電力退職と青学への転身は、会社での問題や不祥事によって生じたものではなく、本人の教育者としての志と、大学側が求めていたチーム改革の方向性が重なったキャリアチェンジとして理解できます。
もっとも、就任直後から改革が順調に進んだわけではありません。当初は3年契約で監督を務めることになりましたが、契約3年目に箱根駅伝出場を果たせず、辞任の危機に直面しました。原監督の公式プロフィールでは、会社員時代に培ったプレゼンテーション能力を生かして猶予を得た経緯が紹介されています。
その後、2009年に青学は33年ぶりの箱根駅伝本戦出場を実現します。さらに2015年には初の総合優勝を達成しました。最初に描いた長期計画は、途中の失敗や修正を経ながら、現実の成果へとつながっていったのです。
この経緯から見えてくるのは、原監督が単に強い選手を集めて勝利を目指したのではなく、組織の現状を分析し、到達点を設定し、実行計画を作って改善を重ねたという点です。青学の改革は、競技指導とビジネスのマネジメントを組み合わせた取り組みでもありました。

【青学駅伝部の強さの理由】原晋監督の指導術とマネジメントを分析
青山学院大学駅伝部の強さは、優秀な選手の獲得だけでは説明できません。原監督の指導方針には、日常生活の管理、科学的なトレーニング、選手の自主性、組織内のコミュニケーション、データに基づく選手起用という複数の要素があります。
第一の柱は、生活習慣を競技力の土台と位置づけることです。原監督は就任当初、練習メニューの改善だけでなく、規則正しい生活を定着させることから改革を始めました。睡眠や食事、時間管理が乱れたままでは、どれほど練習を積んでも安定したパフォーマンスにつながりにくいからです。
青学が箱根駅伝から長く遠ざかっていた時期、原監督は生活習慣や練習環境に大きな改善余地があると考えました。神奈川県の2026年インタビューでも、正しい練習を継続するためには、規則正しい生活や心理的安全性、道徳性が前提になるという考えを示しています。
第二の柱は、選手が自由に発言できる環境づくりです。原監督は、学生が意見や提案を出せることを重視しています。指導者の指示に従うだけの組織ではなく、選手自身が考え、課題を発見し、改善に参加する組織を目指しているのです。
この考え方は、単に学生に優しく接することとは異なります。目標やルールを明確にしたうえで、選手が自分の責任を理解し、主体的に行動できるようにする仕組みです。心理的安全性と規律を両立させることが、原監督のマネジメントの特徴です。
第三の柱は、経験や勘だけに頼らない選手起用です。2026年1月の文化放送のインタビューで、原監督は区間配置について、選手の能力だけでなく、その能力を実際のレースでどの程度発揮できるかを考える必要があるという趣旨を説明しました。
箱根駅伝は10区間にわたり、平地だけでなく山上りや山下りも含む特殊な競技です。全員を同じ基準で評価するのではなく、選手ごとの適性、体調、安定性、区間との相性を考慮して配置を決める必要があります。原監督は中国電力時代に料金計算などの業務を経験しており、数字や確率を意識した判断にも強みを持っています。
実際に同インタビューでは、山上り・山下りの適性について、体力や動きづくりで伸ばせる部分だけでなく、本人がその区間に向いているかどうかが大きいという考えを説明しています。特殊な区間のためだけに練習を増やすのではなく、適性を見極め、基本的なトレーニングと体調管理を積み重ねるという考え方です。
第四の柱は、学年を超えたチームづくりです。原監督は4年生の役割を重視し、走る選手だけでなく、マネージャーなど競技を支える立場の学生も含めてチームへの貢献を求めています。上級生が下級生を一方的に従わせる関係ではなく、互いに支え合える寮の雰囲気をつくることも、日々の生活と競技力をつなぐ要素です。
文化放送のインタビューでは、原監督が12月になると選手との距離を意識的に取り、選考に情が入り込まないようにしていることも明かされました。公平な判断を行うため、主将や寮長などから情報を得ながら、チームの雰囲気を観察するという方法です。選手との信頼関係を築くことと、競技上の判断を公平に保つことを分けている点が特徴的です。
第五の柱は、食事や体調管理まで含めた支援体制です。2026年1月のインタビューで原監督は、栄養コーチの参加や寮の食事づくりの改善にも触れ、故障や体調不良を減らすための取り組みを紹介しました。競技力を高めるためには、走る練習だけでなく、回復を支える環境も必要だという考え方です。
このように、青学駅伝部の強さは、スター選手の存在と監督の采配だけでなく、毎日の生活からレース当日の区間配置までが連動する組織設計に支えられています。常勝軍団をつくる方法として重要なのは、特別な練習を一つ導入することよりも、複数の仕組みを継続的に機能させることなのです。
【評判と指導方針の真相】原晋監督は厳しい?歴代監督との違いと2026年の新たな取り組み
原監督の評判を考える際には、華やかな優勝実績だけでなく、指導方法がどのように変化してきたかを見る必要があります。原監督は、青学の監督に就任した当初から、現在のように自由な発言を重視する環境を完成させていたわけではありません。
2016年に公開された「知るぽると」のインタビューでは、就任当初に規則正しい生活を徹底させようとした結果、大学やOBから指導が厳しすぎると批判されたことを振り返っています。低迷していた組織を立て直すには、まず生活習慣や行動規範を整える必要があると考えたためです。
一方、2026年の神奈川県のインタビューでは、選手が自由に発言や提案をできる心理的安全性を指導の大前提として挙げています。かつての生活規律の徹底と、現在重視している自主性は、必ずしも矛盾するものではありません。共通するのは、選手が成長するために必要な環境を整えるという発想です。
原監督の指導方針を評価する際には、次の3点が判断基準になります。
- 結果だけでなく成長過程を見る:箱根駅伝の順位に加えて、選手の自己記録や生活習慣、チームへの貢献にも目を向ける。
- 規律と自主性を切り離さない:ルールを守らせるだけでなく、選手自身が目的を理解し、考えて行動できるかを見る。
- 個人の能力と組織の仕組みを両方評価する:優秀な選手がいることだけでなく、卒業や主力交代の後も競技力を維持できるかを考える。
また、青山学院大学陸上競技部の歴代監督を調べるうえでも、原監督の就任前後の変化は重要です。青学は1918年に創部された伝統あるチームですが、1976年を最後に長期間、箱根駅伝の本戦から遠ざかっていました。原監督の就任によって、チームの生活環境や練習への考え方、組織運営が変わり、2009年の本戦復帰、2015年の初優勝へとつながりました。
もちろん、現在の成功を監督個人の手腕だけに帰するのも正確ではありません。選手自身の努力、指導スタッフ、栄養面の支援、大学のサポート、競技用シューズの進化、他大学を含む大学駅伝全体の競技力向上など、複数の要因が結果を左右します。原監督自身も2026年1月のインタビューで、天候や気温などの条件、シューズの進化、大学指導者の努力が記録の高速化に影響していると説明しています。
2026年には、政府広報オンラインが原監督のロングインタビューを公開しました。テーマはスポーツの安心・安全で、熱中症やハラスメント、事故防止など、競技者を取り巻く安全の問題を扱っています。これは、強豪チームの育成にとどまらず、選手が安心して競技に取り組める環境をどうつくるかという課題も、現在の指導者に求められていることを示しています。
2026年の箱根駅伝で3連覇を達成したからといって、次の大会でも優勝が約束されているわけではありません。大学駅伝では選手が毎年入れ替わり、他大学も戦力強化を続けています。原監督の真価が問われるのは、優勝回数をさらに伸ばすことだけでなく、選手が変わっても機能する育成システムを維持し、改善し続けられるかという点です。

【青山学院大学駅伝監督】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、青山学院大学の駅伝監督は誰ですか?
A1:原晋氏です。青山学院大学陸上競技部の長距離ブロック監督を務め、同大学地球社会共生学部の教授としても活動しています。
Q2:原晋監督は箱根駅伝に選手として出場したことがありますか?
A2:ありません。原監督は世羅高校、中京大学、中国電力陸上競技部で競技経験を積みましたが、箱根駅伝の出場経験はありません。
Q3:原晋監督はなぜ中国電力を辞めて青学の監督になったのですか?
A3:中国電力で競技生活を引退した後、約10年間会社員として働いていました。その後、知人の紹介をきっかけに青学の監督就任の話を受け、以前から抱いていた教育者になりたいという思いと、チーム改革への意欲から転身しました。
Q4:青山学院大学は第102回箱根駅伝で何回目の総合優勝を達成しましたか?
A4:2026年の第102回大会で通算9度目の総合優勝を達成しました。2024年から3年連続の優勝で、タイムは大会新記録の10時間37分34秒でした。
Q5:青学駅伝部が強い理由は何ですか?
A5:生活習慣の管理、科学的なトレーニング、選手の自主性を重視した組織づくり、区間適性を踏まえた選手起用、栄養や体調管理の支援など、複数の取り組みが組み合わさっているためです。
Q6:原晋監督の指導方針は厳しいのでしょうか?
A6:規律を重視する一方、現在は選手が自由に意見を述べられる心理的安全性も重視しています。単に厳しく管理するのではなく、生活の基盤を整えながら、選手が自ら考えて成長できる環境を目指しています。
まとめ:原晋監督の実績から学ぶ、青学駅伝部が強さを維持する条件
青山学院大学駅伝監督の原晋氏は、箱根駅伝の出場経験がない状態から指導者となり、中国電力での会社員経験を生かして、青学を大学駅伝の強豪校へと成長させました。2004年の監督就任から2009年の本戦復帰、2015年の初優勝を経て、2026年には第102回箱根駅伝で3年連続9度目の総合優勝を達成しています。
その歩みを支えたのは、目立つ作戦名や本番の采配だけではありません。規則正しい生活、科学的な練習、選手の適性を見極める判断、心理的安全性、スタッフによる体調管理といった、日々の積み重ねがチームの競技力を支えています。
原監督の経歴から読み取れるもう一つの特徴は、失敗や挫折を次の行動につなげてきたことです。監督就任後すぐに結果を出せたわけではなく、箱根駅伝への復帰にも時間がかかりました。それでも目標を具体化し、組織を見直し、必要な方法を学びながら改革を続けた結果、長期的な成功につながりました。
今後の青学駅伝部を見る際には、優勝回数だけでなく、主力選手の卒業後に新しい選手がどれだけ成長するか、指導スタッフや生活支援の仕組みが機能し続けるか、他大学との競争にどう対応するかにも注目したいところです。2026年の3連覇は到達点であると同時に、次の世代を育てるための新たな出発点でもあります。 (出典: 青山 学院 大学 駅伝 監督(Yahoo!ニュース))