佐々木朗希の高校は大船渡高校!最速163キロの実績と甲子園を逃した2019年決勝の真相を徹底解説
佐々木朗希の出身高校は、岩手県大船渡市にある岩手県立大船渡高等学校です。現在はMLBのロサンゼルス・ドジャースでプレーする佐々木ですが、高校時代には最速163キロを計測し、全国の野球ファンやプロ球団のスカウトから注目を集めました。
一方、高校3年生だった2019年夏には、甲子園出場を懸けた岩手大会決勝で登板せず、大船渡高校は花巻東高校に2対12で敗退しました。なぜ、プロ注目のエースは大一番のマウンドに立たなかったのでしょうか。背景には、4回戦での194球、準決勝での129球、登板間隔や暑さ、そして故障を防ぐという國保陽平監督の判断がありました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 出身高校:岩手県立大船渡高校。地元の仲間と甲子園を目指した公立高校時代が、プロ入り前の原点です。
- 高校時代の実績:2019年4月のU18高校日本代表候補合宿で最速163キロを計測。岩手大会では4回戦で160キロを記録し、延長12回194球の熱投も見せました。
- 甲子園に出場できなかった理由:2019年7月25日の決勝で國保監督が登板を回避。球数、登板間隔、気温などを考慮し、故障のリスクを避ける判断を下しました。
【出身高校を解説】佐々木朗希はなぜ大船渡高校に進学したのか
佐々木朗希の出身高校は、岩手県立大船渡高等学校です。2017年4月に入学し、2019年春から夏にかけて高校野球界を代表する投手として全国的な知名度を獲得しました。
佐々木は2001年11月3日生まれ、岩手県陸前高田市出身。東日本大震災後に大船渡市へ移り住み、大船渡市立猪川小学校、大船渡市立第一中学校を経て、地元の大船渡高校に進学しました。
高校進学にあたっては、県内外の強豪校からも注目されていたと報じられています。それでも、地元の公立高校を選択。中学時代からの仲間とともに野球に取り組み、地元から甲子園を目指す道を選びました。
高校野球専門メディアやスポーツ報道では、佐々木の進学先選びについて、地元への思いや仲間とのつながりが背景にあったと伝えられています。全国的な強豪校で早くから注目を浴びる道ではなく、地元のチームで成長することを選んだ点は、高校時代を理解するうえで重要な要素です。
大船渡高校は、佐々木にとって単にプロ入りまで在籍した学校ではありません。高校3年間を通じて仲間と甲子園を目指し、最後の夏に大きな注目を浴びた場所でもあります。

【高校時代の成績】最速163キロと圧倒的な奪三振能力
佐々木朗希の高校時代を象徴する数字が、最速163キロという球速です。2019年4月6日、U18高校日本代表候補の合宿で行われた紅白戦に登板し、日米のプロ球団のスカウトが見守るなかで163キロを計測しました。
ただし、この163キロは高校野球の公式戦で記録した球速ではありません。代表候補合宿の紅白戦で計測された数字です。2019年夏の岩手大会で記録した最速は160キロであり、両者を区別して理解する必要があります。
それでも、高校生の段階で160キロを超える速球を投げた事実は、佐々木が特別な存在として評価された大きな理由でした。球速だけでなく、長いイニングを投げ切る能力や、打者から三振を奪う力も注目されていました。
日刊スポーツなどの報道によると、2019年夏の岩手大会では4試合に登板し、29イニングで9安打、2失点、7四球、51奪三振を記録。合計投球数は435球でした。29イニングで51三振という数字からも、相手打線を圧倒する投球を見せていたことが分かります。
高校時代の実績を整理すると、次のようになります。
- 最速163キロ:2019年4月6日のU18高校日本代表候補合宿で計測。
- 公式戦での最速160キロ:2019年7月の岩手大会4回戦で記録。
- 194球の完投:2019年7月21日の盛岡第四高校戦で延長12回を投げ抜く。
- 夏の岩手大会の成績:4試合、29イニング、51奪三振、2失点。
- プロ入り:2019年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから1位指名を受けた。
高校時代の佐々木は、単に速い球を投げる投手ではありませんでした。強い直球を軸に三振を奪い、試合を支配できる能力がありました。その一方、長いイニングを投げた際の身体への負担も、最後の夏を考えるうえで避けて通れないテーマとなりました。
【2019年岩手大会の時系列】194球から決勝の登板回避まで
甲子園出場を逃した経緯を理解するには、決勝戦だけでなく、直前の試合を含めた日程を見る必要があります。2019年7月の岩手大会では、佐々木が極めて多くの球数を投げた試合と、登板を回避した試合が短い間隔で続きました。
| 日付 | 試合・出来事 | 投球内容と結果 |
|---|---|---|
| 2019年7月21日 | 4回戦・盛岡第四高校戦 | 延長12回を194球で完投。21奪三振を記録し、160キロを計測。 |
| 2019年7月22日 | 準々決勝・久慈高校戦 | 佐々木は登板せず。大船渡高校が延長11回の末に6対4で勝利。 |
| 2019年7月24日 | 準決勝・一関工業高校戦 | 129球を投げて完封。大船渡高校が5対0で勝利。 |
| 2019年7月25日 | 決勝・花巻東高校戦 | 佐々木は登板も打者出場もなし。大船渡高校は2対12で敗れ、甲子園出場を逃した。 |
この時系列で重要なのは、194球を投げた翌日の準々決勝では登板を回避した一方、準決勝では再び129球を投げて完封していた点です。そして、その翌日に甲子園出場を懸けた決勝が組まれていました。
194球を投げた試合では、延長12回まで投球が続きました。試合を勝ち切るためにエースの力が必要だった一方、投球数が大きく増えたことは、その後の起用を考えるうえで無視できない要素でした。
準々決勝では控え投手が登板し、チームは延長11回の接戦を制しました。しかし、準決勝では佐々木が再びマウンドに上がり、129球で完封。決勝では、先発メンバーから外れたまま最後まで出場しませんでした。
日刊スポーツやデイリースポーツの当時の報道では、決勝の前日までの投球数や連投の負担が伝えられています。決勝当日だけを切り取ると突然の起用変更に見えますが、実際には、連日の試合と投球負荷が積み重なった状況でした。

【登板回避の真相】國保陽平監督が決勝で投げさせなかった理由
2019年7月25日の岩手大会決勝で、大船渡高校の國保陽平監督は佐々木の登板を回避しました。試合は花巻東高校が12対2で勝利。大船渡高校はあと1勝で甲子園というところまで迫りながら、夏の大会を終えました。
國保監督が当時説明した理由は、故障を防ぐためでした。日刊スポーツなどの報道によると、監督は球数、登板間隔、気温を判断材料として挙げています。
監督の説明では、佐々木が明確な痛みを訴えていたという状況ではなく、筋肉の張りなどがある程度だったとされています。登板できる可能性があったとしても、故障のリスクを考慮し、最終的に監督自身が登板させないと判断したという経緯です。
判断の背景には、主に3つの要素がありました。
- 投球数:7月21日の4回戦で194球、7月24日の準決勝で129球を投げていた。
- 登板間隔:準決勝で完投した翌日が決勝であり、十分な休養を挟めない日程だった。
- 気温:決勝当日の暑さも、身体への負担を考える際の判断材料となった。
さらに、國保監督は2019年7月24日に公開されたスポーツ専門メディア「Sportiva」の取材で、選手の状態を判断する際には、理学療法士や医師、トレーナーなどからの助言に加え、試合やチームの状況も踏まえると説明していました。
つまり、登板回避は単純に「投げられなかったから」という話ではありません。投球が可能かどうかだけでなく、将来的な故障の危険性をどう評価するかという判断でした。
一方、決勝は勝てば甲子園出場が決まる一戦です。佐々木自身にも、試合に出たい、投げたいという気持ちがありました。試合後には、監督の判断だから仕方がないという趣旨のコメントを残す一方、投げたい思いがあったことも語っています。
ここに、この出来事の難しさがあります。選手本人の出場意欲と、指導者が背負う健康管理の責任は、必ずしも同じ方向を向くとは限りません。甲子園出場という大きな目標があっても、選手の身体を守るために起用を見送る判断はあり得ます。
【なぜ議論になった?】194球の熱投と高校野球の球数問題
佐々木の登板回避が大きな議論になった背景には、決勝で投げなかったことだけでなく、その4日前に194球を投げていた事実があります。
当時の報道では、甲子園出場を懸けた試合でエースを起用しない判断に疑問を呈する声がある一方、将来有望な投手の身体を守ることを優先した監督の決断を評価する意見も紹介されました。
特に注目されたのは、194球という投球数と、その後の試合日程です。7月21日の盛岡第四高校戦で延長12回を投げ切った佐々木は、翌日の準々決勝では登板を回避しました。その2日後の準決勝では129球を投げて完封し、翌日の決勝では登板しませんでした。
この経緯から分かるのは、登板回避を評価する際には、決勝当日の状態だけでなく、それ以前に蓄積した投球負荷を見る必要があるということです。
ただし、194球を投げたから必ず故障する、あるいは決勝で投げていれば必ず故障したと断定することはできません。個々の選手の身体の状態や投球フォーム、回復状況などによって負担は異なります。國保監督が説明したのも、将来の故障を確実に予測できないなかで、リスクを避けるために判断したということでした。
この一件は、高校野球において「目の前の試合に勝つこと」と「選手の将来を守ること」をどう両立させるかという問題を浮き彫りにしました。佐々木のようにプロ入りが期待される選手だけでなく、すべての高校球児に関わるテーマです。
なお、登板回避によって大船渡高校が敗退したことと、登板回避そのものの是非は分けて考える必要があります。試合結果だけを根拠に判断の正しさを決めるのではなく、当時の投球数、登板間隔、気象条件、選手の状態を含めて考えることが大切です。

【高校時代の評判とプロ入り後】163キロの逸材は何がすごかったのか
佐々木朗希は高校時代から、将来のプロ野球を担う投手として高い評価を受けていました。2019年4月の代表候補合宿で163キロを記録した際には、日米12球団から計44人のスカウトが集まっていたと日刊スポーツが報じています。
高校生として異例の球速に注目が集まった一方、評価のポイントは数字だけではありません。速球で打者を押し込み、三振を奪える能力や、試合を通じて相手打線を抑える投球も強みでした。
2019年夏の岩手大会で29イニング51奪三振を記録したことは、その実力を示す具体的な材料です。大会中には延長12回を投げ抜く試合もあり、エースとしてチームを勝ち上がらせる役割を担っていました。
その年のドラフト会議では、千葉ロッテマリーンズが佐々木を1位指名。プロ入り後も球速と奪三振能力が注目され、2022年4月には日本プロ野球史上最年少で完全試合を達成しました。13者連続奪三振や1試合19奪三振といった記録も残しています。
高校時代とプロ入り後を比較すると、共通するのは、速球を軸に打者を圧倒する能力です。一方、プロでは長いシーズンを通して先発ローテーションを守る体力や、登板ごとのコンディション管理も問われます。高校時代の球速だけで、その後の成績すべてが決まるわけではありません。
2019年の登板回避と、プロ入り後の身体管理を単純に同じものとして扱うこともできません。ただ、高校時代の一件が、将来を見据えた投手の起用やコンディション管理について広く考えるきっかけになったことは確かです。
【2026年最新】佐々木朗希の現在と高校時代からの変化
2026年10月現在、佐々木朗希はロサンゼルス・ドジャースに所属しています。高校卒業後に千葉ロッテマリーンズへ入団し、日本プロ野球で実績を積んだ後、2025年にメジャーリーグへ移籍しました。
MLB公式の選手成績によると、2026年のレギュラーシーズンは26試合に登板し、5勝5敗、防御率4.49、122回1/3を投げて123奪三振を記録しました。シーズン終盤には右手中指のマメで負傷者リストに入り、9月に復帰しています。
復帰後は先発から救援へ役割が変わり、ポストシーズンでは3試合に登板して3回1/3を投げ、防御率2.70を記録しました。しかし、ドジャースは10月15日(日本時間16日)のナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦で敗れ、佐々木の2026年シーズンも終了しました。
10月16日の報道によると、佐々木は来季以降、レギュラーシーズンだけでなくポストシーズンでも先発投手として投げ続けられるよう、より質の高い投球を目指す考えを示しています。
この2026年の状況を高校時代と比べると、興味深い変化が見えてきます。高校時代は、連投や球数の多さから身体を守るために登板を回避する判断が大きな議論になりました。プロでは、長いシーズンを通じた先発登板、故障からの復帰、チーム事情に応じた救援起用など、異なる課題に直面しています。
高校時代に注目された最速163キロという数字は、佐々木の能力を象徴する記録です。しかし、プロの舞台で先発としてシーズンを完走するには、球速だけでなく、安定した投球内容、身体の回復、登板間隔に応じた調整が欠かせません。
2019年の決勝で國保監督が下した判断と、2026年の佐々木が直面する課題には、選手の能力を長期的に発揮させるためのコンディション管理という共通点があります。高校時代の登板回避は、単なる敗退のエピソードではなく、佐々木の野球人生を考えるうえでも重要な出来事です。
【プロの結論】佐々木朗希の高校時代から学べる3つのポイント
佐々木朗希の高校時代を振り返ると、最速163キロや51奪三振といった記録だけでなく、2019年夏の登板回避を通して、選手の起用や育成について考える材料が見えてきます。
第一に、球速と総合的な実力は別の指標です。163キロという数字は大きなインパクトを持ちますが、実際の試合では制球力、変化球、スタミナ、相手打線への対応なども必要です。高校時代の佐々木が評価されたのは、球速だけでなく、奪三振能力と試合を支配する力を示したからです。
第二に、登板回避は試合結果だけで評価できません。決勝で投げていれば甲子園に出場できたかもしれないという見方はあります。しかし、実際の結果は仮定の話とは異なります。監督の判断を検証するには、194球を投げた4回戦、129球を投げた準決勝、決勝までの間隔や暑さを含めて考える必要があります。
第三に、選手の将来を見据えた管理が必要です。高校野球では、目の前の大会で勝つことが大きな目標になります。一方、選手の身体は将来の競技生活を支える基盤でもあります。故障の可能性を完全に予測することはできませんが、投球数や疲労を考慮し、起用を判断することには意味があります。
佐々木のケースを通じて高校野球を考えるなら、記録や勝敗だけでなく、選手がどのような状況で起用され、どんなリスクを抱えていたのかを見ることが重要です。2019年の決勝で登板しなかった事実は変わりませんが、その背景には、甲子園出場への期待と、将来有望な投手を守ろうとする判断の難しさがありました。
【佐々木朗希高校】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:佐々木朗希の出身高校はどこですか?
A1:岩手県立大船渡高等学校です。2017年に入学し、2019年に卒業しました。地元の仲間とともに甲子園を目指した高校生活を送りました。
Q2:佐々木朗希は高校時代に何キロを記録しましたか?
A2:最速163キロです。2019年4月6日のU18高校日本代表候補合宿の紅白戦で計測しました。2019年夏の岩手大会の公式戦では160キロを記録しています。
Q3:佐々木朗希はなぜ甲子園に出場できなかったのですか?
A3:2019年7月25日の岩手大会決勝で、大船渡高校が花巻東高校に2対12で敗れたためです。佐々木は登板せず、野手としても出場しませんでした。
Q4:國保陽平監督が佐々木朗希を決勝で投げさせなかった理由は何ですか?
A4:故障を防ぐためです。監督は、それまでの球数、登板間隔、気温などを考慮して判断したと説明しました。佐々木は決勝前の準決勝で129球を投げて完封していました。
Q5:佐々木朗希が高校時代に194球を投げたのはいつですか?
A5:2019年7月21日の岩手大会4回戦、盛岡第四高校戦です。延長12回を194球で投げ抜き、21奪三振を記録しました。
Q6:佐々木朗希は2026年現在、どこでプレーしていますか?
A6:MLBのロサンゼルス・ドジャースに所属しています。2026年はレギュラーシーズンで5勝5敗、防御率4.49を記録し、ポストシーズンでは救援投手として起用されました。チームは10月にリーグ優勝決定シリーズで敗退し、シーズンを終えています。
まとめ:佐々木朗希の高校時代は163キロだけでは語れない
佐々木朗希の出身高校は岩手県立大船渡高校です。高校時代には最速163キロを計測し、2019年夏の岩手大会では29イニング51奪三振という成績を残しました。一方、甲子園出場を懸けた決勝では登板せず、大船渡高校は花巻東高校に敗れました。
登板回避の背景には、4回戦での194球、準決勝での129球、連投となる日程、気温、そして故障を防ぐという國保陽平監督の判断がありました。甲子園出場を逃した結果だけに注目するのではなく、当時の状況を含めて理解することが大切です。
2026年の佐々木は、ドジャースで先発投手としての定着を目指しながら、故障からの復帰やポストシーズンでの救援起用も経験しました。高校時代から変わらない圧倒的な球威に加え、長いシーズンを戦い抜く安定性が、今後の大きな課題となっています。
佐々木朗希の高校時代を知ることは、将来有望な選手の記録を振り返るだけでなく、勝利への期待と選手の健康をどう両立させるかという高校野球の本質的な問題を考えることにもつながります。 (出典: 佐木 朗 希 高校(Yahoo!ニュース))